プリンセスは腕まくらがお好き
(何……言ってるの?)

雄治の目を見る。じわじわと、音が戻ってくる。

「なに、雄治……冗談……」
「知ってるだろ、大川生命。うちも最近あそこと仕事始めたんだよ」

雄治の声が、文章として頭に入ってくるのに時間がかかる。

(おおかわ、せいめい……)

「接待の場で、小池部長が自慢げに話してたぜ。広告代理店の女はすぐヤれるって。とくに、エイチドットの篠宮は客ならすぐ寝る淫売だって」
「ちょっと、待ってよ」

名前を聞いて、かっと体温が上がる。声を荒げそうになり、自分を抑える。

「ひどい。根も葉もない噂を信じるの?確かに小池はセクハラ野郎よ。でも寝るなんてあり得ない」

小池は以前、広告の仕事を請け負った際に、かなり執拗に誘いをかけてきた。
でも小池は役職が立派なだけで仕事もできないし、生理的に受け付けなかったため、寝るどころか指一本触れさせたことがなかった。

「どうだか。お前、社内でも体で仕事を取ってくるって有名らしいじゃないか」
「あのね、成績がいい女子はみーんなそう呼ばれるの。この業界の、通過儀礼よ。いちいち本気にしないで」

いいかげん頭に来て、机の下で雄治の足を蹴った。
雄治はわたしの目ではなく、どこか遠くを見ていた。

「じゃあなんで、今日、生足なわけ?」

(……!)

はっと息を呑む。
来栖さんとの打ち合わせの前に、サービスのつもりでストッキングを脱いだままだったのだ。

「これは、伝線しちゃって……」
「じゃあ、伝線したストッキング見せろよ。それなら信じるから」
「もう捨てたわ」
「カバン見せてみろよ」
「……」

カバンには、ストッキングが丸めて入ったままだ。
もちろん伝線などしていない。

沈黙が続く。
周りの客も、給仕も、わたしたちの尋常でない雰囲気にとうに気づき、静まり返っていた。

「雄治、分かって……寝たりなんかしてない、絶対」
「寝てはないけど、セクハラは受けるって?」
「雄治!」

雄治の顔を見た。
表情の無い瞳。

(あれ、雄治って、こんな顔だったっけ……)

「荷物とか、お前のいない日に運び出しておくからほっといて」

雄治は立ち上がった。
わたしは雄治を呼び止める言葉を探しながら、すがるように彼を見た。

「ああ、それと」

雄治は振り返った。

「ここの勘定しといて。その体で、ずいぶん稼いでるんだもんな」

去っていった雄治の背中は、もう知らない誰かになっていた。

レポートを見せ合ったり、就活の面接の練習をしたり、卒業旅行にふたりで行ったり……

ふたりの思い出は、その瞬間さらさらと砂のようにどこかへ流れていってしまった。
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