プリンセスは腕まくらがお好き
牛フィレ肉に、赤みがかったすばらしい艶のソースがかかっている。
バーではナッツしか口にしていないので、とてもお腹がすいていた。
「うーーん、美味しい!ね、雄治?」
「うん。……ああ、そうだね」
雄治はずっと、上の空といった感じだ。
(やっぱり……?)
わたしは、疑惑を確信に近付ける。
雄治とは大学時代からの付き合いだ。
ゼミが一緒で、発表会などを仕切っていたわたしをよく手伝ってくれたのが雄治だった。
雄治は小さな制作会社のSEをしていて、わたしと同様に遅くまで忙しく働いている。
お互い土日もないような働き方だったため、一緒に住もうとどちらからともなく同棲をはじめて1年が経っていた。
(少し、早い、かな……?)
(でも、雄治となら……)
ステーキから、雄治へ、視線をうつす。
雄治はワインを口につけたまま、物思うように固まっていた。
(緊張してるのかな?かわいい……)
私はつい、くすりと笑ってしまう。
「さつき、あのさ」
「なあに?」
「さっきまで、仕事だったの?」
「うん。前話したデイリー製菓のコンペ、勝てそうなんだ」
「そう。よかったね」
「雄治のおかげだよ」
「……相変わらず、仕事が順調なんだね」
そこで雄治は黙ってしまった。
(えっと……)
「で、でもね。わたし、仕事はいつか辞めてもいいかな〜とは思ってるんだ。
ほら、子供ができたら、営業続けるのしんどいかな〜って……」
わたしがあまりに仕事に熱中しているから、雄治は言い出せないのかもしれない。
そう思ってわたしはわざと明るく話してみせた。
「でも、さつきは仕事が大事だろ」
「そうだけど、わたしは雄治のほうが大事だよ」
「そこまでして?」
「そこまで?そう。だから、雄治……」
(だから、雄治、お願い。プロポーズして!)
「体売ってまで仕事して?そこまでしてるのに辞める気なんか、ないでしょ」
シーーーーン、という音が、体をつらぬいた。
一瞬にして、お店の雑音や、自分の呼吸、さまざまな音がまわりから消えた。