プリンセスは腕まくらがお好き
「おい……あいつどうした?」
「いや、なんか、朝からあの調子で」
「昨日、デイリー製菓さんとアポだったろ?なんかポカしたんじゃないの」

(しにたい……)

みんなの遠慮ない噂話が、ぐさぐさと背中につきささる。

泣きはらした目をかくすために、黒ぶち眼鏡。
朝まで泣いていたので髪はひっつめポニーテール。
歯を食いしばっていないと、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

それでも仕事は続々舞い込んでくるので、仕方なくパソコンの前に座り、機械的に手を動かしていた。
習慣とは恐ろしいもので、何も考えずとも見積もりくらいは作れるようだ。

スマホを見やるも、ランプはついていない。
一晩中雄治にLINEを送って電話もかけたが、いっさい反応はなかった。

(もう終わりなのかなぁ……)

ぐすんと鼻をすすり、昨晩の美香との電話の内容を思い出す。

……

「美香、ごめんね。明日も仕事なのに」

「こんなときくらい、気にしないでよ」

「もう終わりなのかなぁ。こんなことで……。誤解をとけば元通りになるよね?」

「……」

「美香?」

「ごめんね、さつき。実は雄治くんずっと悩んでたの。わたし、相談受けてた」

「相談って……?」

「雄治くん、さつきがあんまり仕事で活躍するの、寂しかったみたい。
最初はね、さつきのボーナスだけで自分の年収になりそうだー、なんて笑ってたんだけど……
男として、辛かったんだと思う。今回のことは、引き金に過ぎないんじゃないかな」

「そんな話……わたしにはしたことがなかった」

「さつきのことが好きだからこそ、話せなかったんだよ。男のプライドが、あるんじゃないかな」

「そっか……」

「わたしも、修治くんに話聞いてみるね。さつき、元気だして」

「うん……ありがとう、美香」

……

「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

私の大きいため息に、隣の席で仕事をしていた後輩ちゃんが苦笑した。

(私の見立てによると、あいつら、付き合うな……)

美香の声を聞いていて、もう終わりなんだなと確信した。
雄治はわたしを悪者に仕立て上げたが、結局はそういうことなんだろう。
バリバリ働いてろくに帰ってこない私より、優しく話を聞いてくれる美香に惹かれたのだ。

(部屋、どうしよう……)

「お届けでーす」

フロアの入り口に人影があった。
こんな顔だし、と知らんぷりを決め込んでいたが、
「篠宮!廃人になるのはいいが受け取りくらいしろっ」
というマネージャーの声に、しぶしぶ立ち上がった。

「へ〜い……」

足をひきずるように入り口まで行き、受け取り台から台帳を出した。

「はい、誰宛ですか」
「あ!あれ?」
「……はい?」

顔を上げた。
それでも足りなかったので、さらに顔を上げた。
ずいぶん高い位置に、その顔はあった。

(お。まぁまぁイケメン)

配送業者の青い作業着に身を包んだその人は、浅く日焼けした肌に、黒く大きな瞳で、わたしを見て白い歯をのぞかせて笑った。
人懐っこそうな笑顔がなかなか可愛く、どこかで会ったなら忘れないはずだと思った。
わたしが表情で「はてな」を作ると、彼は更に笑顔になって言った。

「昨日の方ですよね?どこか、痛めませんでしたか」
「あ、あぁ!」

記憶が一致する。
壁だ!
改めて見てみると、190cmほどありそうな大きな体で、なるほど昨日は壁にぶつかったと思うわけだなと感心する。

「いえいえ、こちらこそ慌てていてすみませんでした。何ともありませんよ」
荷物を受け取り、サインをしながら気づく。
「というか、暗かったのによくわたしだって分かりましたね……」

(そうだ、しかも今日はひどい顔をしてるんだった!)

相手がイケメンだと思ったとたん、恥ずかしくなってうつむいた。

「分かりますよ、篠宮さんのこと知ってますから」
「え……」
「春にこちらのビルができてから担当になりましたけど、何度か篠宮さんに荷物受けてもらいましたよ。
いつもお忙しいから、俺のことは覚えていないでしょうけど」

確かに、いつも出がけなどに荷物が届いた時はあわてて対応しているが、ほとんど目も合わさずにサインするだけだ。

(そっか、サインをしているから、名前も知っているのか)

「す、すみませんいつもドタバタしてて」
「いえ、いつもかっこいいなーと思ってて。うちの職場女の子あんまりいないんで、憧れますよ」
「あはは、お上手で……」

嬉しさ半分、今日の腫れた顔を思うとまともに彼の顔が見れない。
すると、彼は大きくかがんで、うつむいた私の顔を覗き込んだ。

(わ、近い)

「今日は、眼鏡なんですね」

ぱっと、ひまわりのように明るい笑顔をつくった。

「じゃあ、また」
伝票をしまうと、彼は背中を向けた。
「あ、そうだ」
大きい背中が、振り返る。

「見てください、ここ。勲章としてしばらくとっておこうと思って」

そういって彼が指差した作業着の胸元には、赤いルージュがついていた。

「……っっ!!」

(わたしの、キスマーク……!?)

赤面するわたしをよそに、彼は楽しげに笑って去っていった。
(ぶつかったときについたんだ……今度クリーニング代渡さないと)

「どうしました?何か立て込んでいましたけど」
席に戻ったわたしへ、心配そうに後輩ちゃんが声をかけてくれた。

「ううん。大丈夫」

不思議と、声が明るくなっているのに気づいた。

(もう大丈夫)

トイレに行き、わたしの公約で備え付けられたパウダールームに立つ。

肌の上にルースパウダーをはたき、眼鏡を外し、マスカラを重ねる。
ポーチから携帯用のアイロンを取り出し、髪を軽く巻く。

(いいよ、雄治)

(わたしは絶対に寝ない。枕なんかしない)

(でもわたしは女を最大限に使って、どんどん成功してやる)

(悔しがればいい。そんなちんけなプライドなんか、ズタズタにしてやるんだから)

仕上げに、ピンクのルージュをひいた。
鏡の前で笑ってみる。

(さあ、戦闘開始だ!)
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