涙の色
涙の色
 今の彼には鮮やかさがなかった。
彼の部屋もまた白一色で鮮やかさがなかった。

 しかし何年か前は彼の部屋、そして彼自身も鮮やかさであふれていた。

 当時の彼には同棲中の恋人がいた。
公園のベンチで肩を寄せ合ったり、映画館の後ろの席で二人の世界に浸ったりと、ありふれた愛を楽しんでいた。
しかし二人はどうしても譲れない事があった。

 それは色の好みだった。
二人の色の好みはまるで違った。
交際を始めて一年が経ったころ彼女は家を飛び出したが、それによる喧嘩が原因だった。

 彼は一人鮮やかさで満ちた部屋に残った。
二人の出逢いと別れ、そしてその間に起きたたくさんの出来事、その側にはいつも鮮やかさがあった。

 彼はその鮮やかさをすべて追い出し、白一色に染めた。
そんな部屋にいたからか、彼の心の鮮やかさもしだいに抜けていった。
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