誘惑~初めての男は彼氏の父~
 過ぎ行く真夏の夜。


 熱帯夜ゆえ、こんな時間でも風が生暖かい。


 信号待ちの間、橋の下を流れる創成川を眺めていた。


 都会を流れる細い川。


 ここから上流に向かうと、道路の地下に姿を隠してしまう。


 このあたりからようやく姿を現し、わずかながら水流がある程度。


 ・・・ここから飛び降りても、入水自殺なんて不可能。


 ふとそんなことを考えたりした。


 突然、「源氏物語」のラストを飾る「宇治十帖」のヒロインともいうべき浮舟(うきふね)の話を思い出した。


 浮舟は皇族の血を引くお姫さまなのだけど、生家はすでに落ちぶれている。


 たまたま生家を訪れた、かの光源氏の息子と孫とに見初められ、やがて両方と関係を持ってしまう。


 いけないことだとは知りつつも、二つの関係を絶つことができず。


 板挟みが続きやがて進退窮まり、増水した宇治川に身を投じる結末に至るのだった・・・。


 「・・・」


 私もそのような状態だと思った。


 自分が好き勝手やってきた代償とはいえ・・・苦しい。


 どちらかを選べば、どちらかを失う。


 両方は無理。


 それか、両方失うこともあり得る。


 そんな結末を引き寄せるくらいならばいっそ、私がいなくなったほうが。


 「・・・」


 やがて信号は青になった。


 どうすることもできないまま、私は再び歩き始めた。
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