カノンの流れる喫茶店
曲が変わって、今度は愛のあいさつが流れ始めた。

作曲者……だれだったかしね。

本当にうとうとしてしまう緩やかなリズムは、なぜかふとしたところから、悲鳴をあげるまで引っ張られたピアノ線のように、細く、細く、切ない高音になる。

勝手に、私を、慰めてくれているようだと思った。

彼とは、初めてキスをした相手だった。

カーテンの中だった。

あの時、彼の優しさをとても、とても感じられたのに。

この店が好きな理由はたぶん、あの思い出のカーテンの中みたいに、柔らかい空気が漂っているからだと信じていた。

それが、もうただの思い出になってしまった。

カフェの雰囲気が、その思い出と被って、切ない。

大好きな店で、心地いい曲を聞きながら、お気に入りのコーヒーを飲む。

でも、今はひとりきり。

ひとりで来たんじゃない。だけど、ひとりになってしまった。

コーヒー……こんなに苦かったっけ?
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