恋ごころトルク
「おまたせしましたー! 豚しょうが焼き丼のおきゃくさまー」

「あ、はい」

 長い指の手を挙げているあの彼。光太郎さんっていう名前しか知らない。苗字が分からない。

「500円になります」
「はい」

 千円札を差し出す指が、ごつごつしている。つなぎを着ていて、それはちょっと汚れている。

「今日は晴れてるし、公園でご飯食べるの、ちょうど良いですね」

「え? あ……そうっすね」

 よし、自分から話しかけたぞ。知ってるんだよ近所の公園でこのお弁当を食べるのを! ふははははは! (やばいよ震えるよ)

「……なんで知ってるんすか」

「あ、この間、たまたま見かけて。このつなぎ目立つし」

 だって、真っ赤なつなぎ。身長も高いし、目立つよ。

「まじすか」
「はい、お釣りです」

 照れくさそうにお弁当を受け取り、お釣りの500円玉を受け取る。えへへ、話せた。

「またいらしてくださいね」
「うーっす」

 手を挙げて出て行った。またあの公園で食べるんだろうな。お昼休みは仕事場から出たいタイプなのかな。仕事仲間と食べるんじゃないんだなぁ。


「すいません注文いいですか?」

 背中を見送って浸っていたら、お客さんから呼ばれた。いけない、仕事中でした。

「あっハイ!」

「ナポリタン2つでーす」

 今度は店長にも呼ばれる。

「はあい!」

 お昼は忙しい。あと夕飯の時間帯ね。

 お弁当。あたしが売るお弁当は、自分で食べるものじゃなく、家族に作るものじゃなく、知らない誰かのお腹を満たしてる。美味しいねって言って笑って食べてる親子や、ごめんね今日はお弁当なのって言ってるお母さんとか。お母さん忙しいから今日は特別ねって、チキンカツ弁当あたりを子供の分と自分達の分とで買っていくお父さんとか。想像するだけでにこにこしちゃう。


 光太郎さんが、美味しく食べてくれますように。

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