レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 錬金術だなんて耳慣れない言葉に、エリザベスは首を傾げた。
 鉛のような価値のない金属を金に変化させるという学問らしいということしか知らないし、常識から言えば、錬金術などまやかしでしかない。

 ヴェイリーは椅子の上で姿勢を正した。エリザベスを見つめる目には、面白がっている表情がある。
「真面目に研究してる人たちがいる――、その程度に考えておけばいいのですよ」
「……バカバカしいとは思うけれど、真面目に信じている人もいるってことね」

 金銭が欲しいのなら、真面目に働けばいいのにと思うけれど、仕事がなかなか見つからなくて困っている人がいることもエリザベスは知っている。
 だから、真面目に研究している人がいると聞いても彼らに悪感情を抱く気にはなれなかった。

「貴族の若い人の間に最近増えているようですよ――何と言ったかな。そう、たしかキマイラ研究会……とか?」
「キマイラ研究会……複数の生物を掛け合わせた伝説上の生き物ね。こちらも実在するとは思えないわ」

「若い方の道楽と言えば道楽ですな。ああそうそう――ジャーヴィス伯爵の息子さんとかオルランド公爵なんかも名を連ねているそうですぞ」
「ジャーヴィス伯爵の息子……」

 ジャーヴィス伯爵の息子と言えば、先日お見合いをしたリチャードのことだ。まさか、彼がこんなことに首を突っ込んでいるとは思わなかった。
「若い人は秘密が好きだ。秘密結社の雰囲気を楽しんでいるだけかもしれないな」
「あなたはどちらだと思う? 楽園騎士団と、キマイラ研究会と」
「さて、ね」
 ヴェイリーはその顔に浮かべる笑みを人の悪そうなものへと変化させる。
< 110 / 251 >

この作品をシェア

pagetop