レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「……商売を始めるのは大変なことよ? 成功するのも、ね」
「わかってる」
 彼は素直にエリザベスの言葉を受け入れた。ここまで彼の話を聞いて、エリザベスは気がついた。
「ねえ――黙ってわたしと結婚できるように努力すればよかったんじゃない? そうすれば、わたしの財産を使い放題だったのに。あなたとお見合いしたのは事実だし、わたしあなたのこと嫌いじゃないわ」

 いやな相手だったら、すぐに断ろうと思っていた。いやな相手を押しつけられて黙って受け入れるほどおとなしい性格ではない。
「嫌いじゃない、だけでは足りないんだ」
 リチャードは、きゅっとエリザベスの手を握る。
「リズと結婚するのなら――リズの財産に頼りたくはない。まだ二回しか会ったことないのにこんな風に結婚のことを言うのはおかしいかもしれないけど」
「……おかしくないわ。わたしたちの階級の結婚ってそんなものよ」
 エリザベスはくすり、と笑った。

手を取られて、少しどきどきしている。このまま彼のことを好きになれたら楽なのにと思うけれど、心が思いのままにならないのもまた事実だった。頭を振って、その想いを振り払い、エリザベスは続ける。
「でも、わたしみたいな商売に今から入るのは難しいと思うの。十年前ならともかく、似たような仕事をしている人はたくさんいるもの――少し遅すぎたわ」
「そうか……安直だったなあ」
 リチャードは深々とため息をついた。そして彼は握っていたエリザベスの手を離す。
 不意に包み込まれた温かさが消えてしまって、なんだかそれも少し寂しいように感じられた。エリザベスは笑って、今度は彼女の方からリチャードの手を取った。
「ねえ、あなたのこと嫌いじゃないわ……けっこう、好き、よ」
「……とても好き、だったら嬉しいな」
「今はまだ無理よ」
 エリザベスは口を尖らせる――今はまだ無理。でも、いずれ好きになれればいいと思う。それが難しいのもわかっているけれど。

< 122 / 251 >

この作品をシェア

pagetop