レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 レディ・メアリとリチャード、それにレディ・メアリの夫であるヴァルミア伯爵を招待して『亡国の王女』を観劇したのはそれから三日後のことだった。
 エリザベスは、若草色のドレスを身につけていた。真珠の耳飾りに、レースの手袋。髪には金と真珠の飾り櫛を挿す。前回と違って物騒な用件は予定していないから、今日は拳銃の必要はない。

 グレイのフロックコートを着たリチャードが屋敷まで迎えに来てくれる。軽やかな足取りで玄関を出たエリザベスは、笑顔で執事の方を振り返った。
「パーカー、後はよろしくね」
「行ってらっしゃいませ」
 丁寧に頭を下げるパーカーに見送られて、エリザベスはリチャードの車に乗り込む。
「今日のドレス、よく似合うね」
「あなたも素敵。劇場では、腕貸してくださる?」
「もちろん」
 ラティーマ大陸に渡った頃は、こんな贅沢ができるとは思ってもいなかった。綺麗に着飾っての観劇。乗り心地のいい車。車の振動に体を預けて、エリザベスは口元をゆるめる。
 劇場の前に車が停まると、エリザベスはリチャードの腕を借りて降り立った。テレンス・ヴェイリーから借りたボックス席の番号を告げ、席まで案内してもらう。

 レディ・メアリとヴァルミア伯爵は先にボックスに入って待っていた。
「こんばんは、叔父様。この席、一番いい席なのよ。一幕の最後、ミニー・フライに注目していてね、叔母様」
 叔父と叔母に口早に話しかけて、エリザベスは腰を下ろした。
「ここ、どなたのお席なの?」
「ミニー・フライの後援者の方よ。ミニーが口をきいてくれたの」
 この場で、ヴェイリーの名を出さない方がいいのはわかっている。彼とつきあいがあるなんて知ったら、叔母の目が回ってしまうだろう。

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