レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
お嬢様、始動
 今日も仕事部屋には忙しくタイプライターの音が響きわたっている。エリザベスがよけいな従業員を増やそうとしないものだから、マギーもパーカーもいつでも秘書に転職できるほどのタイプの腕を身につけざるをえなかった。
「紅茶の葉を……? そうですね、もう少し仕入れられれば、すぐにご連絡しますけれど。ええ、現地と連絡を取って」
 黒のロングスカートに灰色のシャツを合わせたエリザベスは、打ち合わせを終えた取引先の人間を丁寧に室外へと送り出す。

「最近増えましたね、紅茶がほしいというお客様」
 扉を閉めたパーカーが言った。
「予想外だわ。あちらの茶葉はエルネシア人の口に合っているのかしら」
 エリザベスが遠くをみる目つきになったとたん、エリザベスの机の上に置かれている電話が鳴り響いた。

 かけてきたのがリチャードだと知って、エリザベスの顔に笑みが浮かぶ。
「どう? パーティー、来られそう?」
「もちろん、行くわ」
 額に垂れた金の髪をもてあそびながら、エリザベスは即答する。電話の向こうで、リチャードがほっとした息をつく気配がした。
「よかった。それなら、今日これからランチとかどう? いい店見つけたんだ」
「……今日は、ちょっと」
 受話器の向こうの空気が落胆したものへと変化するのがよくわかる。エリザベスは、口元をほころばせたまま、彼を元気づける言葉を口に乗せた。

「あなたのパーティーに行きたいなら、ちゃんと仕事は片づけておかないと。今日は無理だけど、そうね……明後日なら行けるわよ」
「ホント?」
 素直に嬉しそうな声を上げるのが、好ましく感じられる。
 リチャードとなら、きっと楽しく毎日を送ることができるだろう。必要以上に熱烈な感情を持つことはないだろうけれど。
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