レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 ——なぜ、お嬢様の心を読むことができないのだろう。
 
 もっと幼かった頃は、エリザベスの気持ちを読み取るのはさほど難しいことではなかったように思う。
 彼女は、いつだって自分の心のうちを表情に出すことを恐れたりしなかった。笑う時も、怒る時も、泣く時も。いつだって、心からそう思っていることがありありとわかったのに。
 
「パーカー・お茶ちょうだい。あと何か甘い物が欲しいの——はニーケーキがあったかしら。頭使ったらお腹が空いてしまったわ。この返事を書いたら、外出の支度にかかるから急いでね」
「かしこまりました」

 卓上から取り上げた便箋をぱたぱたと振って、エリザベスは自分の作業に戻ってしまった。一礼したパーカーは仕事場を後にする。
 
 ——何かあるはずなんだ、何かが。
 
 考えてみるけれど、それが何なのか彼にはまったくわからなかった。おそらくエリザベスが変わったのは、ダスティを巻き込んだあの事故に関係しているのだろうけれど、それだけでは説明のつかないことも山ほど残っている。

 考え込みながら厨房へと入り、命じられたものを用意する。その間も、彼の頭は休むこなく考え込んでいた。
 
 火にかけられたやかんが、しゅんしゅん言い始めるのを眺めながらパーカーは、ここ何日かのエリザベスの様子を思い返していた。

 新聞にエリザベスの名が載らなかったのは、すぐにパーカーが全力で手配したからだ。
 そのおかげで、エリザベスの名が報道されることはなかったけれど、事故のことまでは隠し通すことなんてできるはずなかった。
 
 ダスティに同乗していた女性二名(うち一名は女装などということは当然紙面には掲載されない)がいたという事実までは隠しとおすことはできなかった。

 禿鷹のような記者なら、エリザベスの名前をかぎつけないとも限らない。もともと、彼女の名前は悪い意味で有名だ。
 
 ——レディ・メアリもお嬢様に忠告をなさったとは聞いているが。
 
 叔母であるレディ・メアリも、今回の事故の件では大いに肝を冷やしたらしい。事故の後すぐエリザベスに会いに来て、パーカーさえも部屋の外に追い払ってなにやら話をしていた。

 おそらくダスティやテレンスには関わらないようにと言ったのだろうけれど、それをエリザベスが素直に受け入れているのならば、彼としてはこれ以上何も言うことはないはずなのだ。
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