レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 劇場はすでに人であふれていた。開幕前に軽く飲み物や食事をとろうとする人たちでホールは賑わっている。
 家で食事をすませていたエリザベスは、そこはするりと通り抜けてそのままボックス席側へと向かった。

 ボックス席への通路の手前でパーカーは立ち止まる。彼の持つチケットでは、ここから先は入れなかった。
「本当にお一人で大丈夫ですか」
 執事という職業柄表情を隠すのに長けているパーカーではあったけれど、さすがに不安の色を隠すことはできないようだ。
「大丈夫よ」
 パーカーに微笑みかけたエリザベスは、ハンドバッグに手をやった。中から取り出したオペラグラスを、彼の手に押しつける。

「お嬢様――しかし――」
 ここまできてパーカーはまだエリザベスを諦めさせようとした。
 エリザベスを翻意させるにはどうしたらいいのだろう。裏の社会につながると予想している人間に会おうというのに、エリザベス一人を行かせるわけには――
「困った執事ね」
 エリザベスは、微笑んだ。艶やかに、鮮やかに。通路の端に立って話している二人の側を通り過ぎた人の視線が、思わず彼女に突き刺さるほどに。

「劇場内で使うことなんてないと思うけど、一応、自分の身くらいは自分で守れるわ。私の腕は、よく知っているでしょ?」
 パーカーは言葉を失って、エリザベスのハンドバッグの中を凝視していた。そこに入っているものが信じられないというような目をして。
「それじゃ、後はよろしくね」
 ぱちりと片目を閉じて、エリザベスは固まってしまったパーカーにはかまわずにボックス席の通路へと入っていく。
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