ゆとり社長を教育せよ。


すでに社長室の椅子に座っていた充の前に、ドサッと山積みの書類を置くと、彼は苦笑した。


「……これ、全部ですか」

「はい、全部です」

「わかりました」


……おお、素直!……って、まぁこれが普通なんだけど。

でも、前の彼なら“俺の代わりに高梨さんが判を”――とか言っていたのに。

すぐにデスクの引出しから朱肉と社長用の大きなハンコを取り出した彼の姿に、ちょっと感動する私。


彼がその仕事をしている間、私は大きなテーブルの方で会食に持参する資料を取りまとめさせてもらおう……と、充に背を向け椅子を引いた時だった。


「痛って……!」


後ろからそんな声が聞こえ、思わず振り返った先の充は、左手の親指に自分の唇を当てて、そこを舐めているようだった。


「……どうされました?」

「や、へーき。たぶん、紙で指切っただ、け……」


言っている途中で怪訝な表情になった充。彼は重ねられた書類に手を伸ばすと、その隙間から何か銀色に光るものを取り出した。


「――じゃ、ないみたいだ。何だこれ……カッターの刃?」


カッターの刃……? そんなもの、どうして……


「どっかで紛れ込んだのかな。……高梨さん、絆創膏ちょうだい」

「あ……はい、すぐに」


救急箱のある棚に向かいながら、私の胸には黒い雲のようにいやな予感が広がる。

これは偶然……?

それともまさか、私が充とちゃんと別れてないから……?

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