ゆとり社長を教育せよ。
「私もびっくりしたのよ? 社長が駅のホームから落ちたって聞いたときは。だって私はそんなことまでしろなんて言ってないもの。
ただ、こっちも色々やってるのになかなかあの二人が別れそうにないって言ったら、あの吉田千影とかいう男が勝手にやったの」
「……そんな。じゃあ、昨日、私が家の側で待ち伏せされていたのも……?」
「私は、美也ちゃんと社長が別れたっていう事実だけである程度満足だったから、もう彼とは連絡を取っていないわよ?
でもそんなことまでされたなんて、美也ちゃんも大変ね。しつこい男に想われちゃって」
……それまでのことには自分も関わっていたくせに、あまりに他人事すぎない?
私は我慢ができなくなり、つかつかと凜々子さんのもとへ歩み寄ると、大きく右手を振り上げた。
パシンッ――――!!
凜々子さんをはたいた手のひらと、それから胸が、じんじんと痛む。
けれどぶたれた頬を華奢な手で押さえる彼女は、なおも反省の色を見せなかった。
「……言っておくけど、私がやったって証拠はないから、警察とか行っても無駄よ?」
「それでも……今この耳で聞いたこと、社長には、報告します……」
「……好きにすれば? どーせ社長職から退いてガーナに行くことになる今の彼に、何ができるのか知らないけど」
そう言って立ち上がった凜々子さんは、私の横をスッと通り抜けると、秘書室を出て行ってしまった。
終わった……のよね。
まだ胸のモヤモヤは晴れる気配がないけど、これでもう、私と充の周りでおかしなことは、おこらなくなるはず。
私は大きなため息をひとつ吐くと、今度は社長室に向かうため、踵を返した。