ゆとり社長を教育せよ。


「そうかもね。……今夜、空いてる?」


後ろの彼に企画書を返しながら、私はそう尋ねてみる。


「もちろん……って言いたいとこなんだけど。ガーナの水道事業の件、さっそく動かさなきゃならないんだ。
それで今日は遅くなりそうだから、無理なんだ、ゴメン」


あっさりとそう言ってデスクに戻り、積み上げられたたくさんの書類に目を通し始める充。

私は目をぱちくりさせて、思わずこう言った。


「なんか、今充が社長に見えた」

「……ずっと社長なんだけど」

「だって中身が伴ってなかったから」

「相変わらずハッキリ言うね。……欲求不満だから、本当は今夜逢えなくて寂しいくせに」


充は書類に落としていた視線を一度だけ上げると、意地悪く私を見てそう言った。

……ちょっと、それは今関係ないでしょ!


「そうね、寂しいから……霧生くんでも誘って飲みに行こっかな」


仕返しのつもりで言った冗談だったのに、充は慌てた様子で席を立ち、突然私の身体をぎゅうっと抱き締めてきた。

わ……社長室で、こんなことダメでしょ…… 美也、抵抗しなさい!

なんて、思うのに身体は全く動いてくれなかった。

あーあ。どうやらかなり切実に欲求不満みたい。

充の温もりが心地良くて、離れられないよ。


「……週末なら余裕ありそうだから、待ってて? 俺だってすげー我慢してるんだから」

「うん……わかった」

「で、金曜はそのままウチ泊まって、土曜には連れて行きたい場所があるんだ」

「連れて行きたい場所……?」


充の胸にぴったりくっつけていた顔を上げて、首を傾げた私。

けれど充はただ微笑むだけで、その場所がどこなのかは教えてくれなかった。


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