調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜繋ぐ者〜‡

「こんにちは」
「いらっしゃいませ」




《会いたかった》




入ってきた中年の男性は、掛け軸のある棚を物色し始めた。
さきほどから響く声の主は、一番奥の棚にある。
不自然にならないように努め、声の主を優しく手に取る。

「こちらの掛け軸などどうですか?」




《会えた 幸せにするよ 必要としてほしい》




「すごいな。
家の座敷にぴったりだ。
いただくよ」
「はい。
ありがとうございます」




《ありがとう》




「よかったな」

小さく口の中で囁くように言うと、美しい光りの調べが一瞬頭の中に放たれる。
それは、今までの掛け軸が持っていた記憶と未来の映像。
ここ数日で完全に覚醒した力を受け止めるように静かに目をつむる。

「どうかしましたか?」
「いいえ。
お待たせいたしました。
またのご来店をお待ちしております」
「ありがとう」

男性の背中を見送りながら、未来のその人を囲む笑顔を思い出して微笑む。
間違いなく幸せな未来。
そう遠くない必ず訪れるであろう未来。

物には意思が宿り、力が宿る。

求めた通りの主の手に渡ることができれば、その力は持った者の望む幸福を呼び寄せ
る。
相いれない者が持てば、望む幸福は絶対に得られない。
調和を取れない力は反発し、不幸な結末に終わる。

そしてまた新たな主を持つ。

それが歴史書で得られた知識。
多くの人が忘れてしまった事。
大切にしなければならない物を蔑ろにしてしまう世の中。
声を聞くことができない人々。
調導の力は、かつては誰もが持っていた。
持つべき人が、手に入れることが困難になっていった人々の生活の仕組みが、『聞こえない』と耳を塞がせる結果となったのだ。

「私は幸せ者だな」

うとましいなどとは思わない。
この力は大切にすべき尊い力だ。
そして一族も、意思の向き方はいつしか変わってきてしまったが、守るべきこの力を残していきたいと願ってきたのだろう。



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