死が二人を分かつとも

「平気。そよ香を守れるなら」

触れた物の違いで、彼の顔は変わる。
温かな顔つきだ。どちらとも彼、そこに私への想いを含んで。

「それに、あいつら反応が鈍いんだ。“やられる前に、やれ”が通用する相手。五体満足の奴がいても、残骸たちに回せばいいし。上手くやっていける。俺が、そうするから」

頼もしい言葉の中、流れに乗せられている感覚がした。

「俺と、ずっとここにいよう」

彼が望む結末にたどり着くために。

ここにいる以外の選択肢がない。
だとすれば、自然と彼のそばにいることになる。結婚式の誓いを遂行するのだけど。

「もどれ、る」

「え」

「戻れるって、チロが……」

少し前のことでも、その後残骸に追いかけられて上塗りになった事実。

話をふられたチロが、あからさまに動揺していた。

「チロ、お前」

「あ、いやぁ、やっさんと出会う前っすよ。だから、ノーカンってことで!だ、だだ、だって、そよ香さんみたいな子がここにいたら、何が何でも元の世界に戻したいと思うじゃないですかーっ」

弥代くんに捕まりそうになるのを、寸でのところでかわす小動物。お決まりの定位置たる、私の肩に止まった。

「やっぱり、戻れるの……」

弥代くんが、私から目を逸らす。
ただ、僅かに首を縦に動かした。

「弥代くん、知っていたんだ」

「お前が寝ている間に、色々聞いた」

「あ、あのっ、そよ香さん!やっさんは手前に黙っていろとは言いましたけど、そよ香さんが絶対にここから出たいのなら、話すことになっていたんです!」

「チロに口止めまでして、私に何を隠していたかったの……」

チロに余計なことをと睨む弥代くんの真意。それこそ、私とここにいたいがあるのだろうけど。

「出ようよ、弥代くん。一緒に!元の世界に戻れるなら!」

地獄よりも、生きていた世界に帰りたい。
安穏と暮らせる毎日に戻りたいのは当然。

そこへの道筋が光に照らされたんだ、戻りたいと私は言うけど、弥代くんの顔は曇りきっていた。最初からその道筋をなかったことにしているように。

「チロ、話してやれ。その上で、そよ香に決めさせる」

あくまでもこちらを見ない弥代くんの横顔。それでも、私が良いように事が運ぶようにしてくれる。

「元の世界ーー生きていた世界に行くには、“地獄の最果て”を目指せばいいんです」


肩乗りのコウモリは、着地する。
言い辛そうに、愛くるしい目は明後日の方向を向いている。

「罪を償えば、元の世界に戻れる。つまりは、たくさんの痛みや恐怖を味わえってことなんですけどね。自分を殺す何かがあちこちにいる地獄じゃ、いるだけでそういった償いをしていく訳ですがーーより“過酷”にしたいなら、地獄を出歩くだけでいい。

隠れず、逃げず、目的地までただひたすらに出歩く。そこら中に、見えない刃があるような場所を歩くにも近しい苦行の果てが、“地獄の最果て”。地獄の終わりなんです」

「地獄の終わり……」

「償いを終えた人たちが行き着く場所がそこです。もっとも、地獄の最果てがあること自体知る死人がいないんで、みんなここで消えていくんすけど。手前を助けてくれたそよ香さんや、やっさんにはそこを目指してこんなとこ出て行って欲しいのが手前のしょーじきな気持ちっす。でも……」

ちまちまと歩くチロは、弥代くんの顔色を窺っている。あっちいけと軽く手で払われていたけど、チロは弥代くんの肩にも乗った。

「やっさんが黙っていたのは、そよ香さんとまた離れ離れになるかもしれないからです」

「離れ離れ?元の世界に戻ったら、元に戻るんだよね?」

あの生活に。朝起きて、学校に行って、家に帰る。そんな毎日に。

けれども、私の想像していることとは違うと二人の顔色から分かった。

「そよ香と俺は、死んだんだ。こうして、“生きているからこそ”、実感湧かないかも知れないが、俺たちは死んだ。死んだ奴が生き返るだなんて、有り得ない」

突きつけられたことが、胸を抉る。
死んだ人は生き返らない。分かりきっていたことなのに、戻れると聞いて思い描いてしまったんだ。

「罪は償えても、そいつがそいつである限り犯した罪は消えないんだ。神様は、相当罪人が嫌いらしい。初めから、そいつの存在を消すことしか前提に置いていない」

生き返った人の話を聞いたことはない。
けれども、こんな話は聞いたことがある。


「地獄の最果てについた人は、元の世界に戻れます。ーー“新たな人生”を歩める」


『この子は、あの人の生まれ変わりだ』と、新たな生を祝福する言葉。

『あなたの前世は』と、失われた過去を回帰させる言葉。

命は巡る。
死んだ人が生き返るには、生まれ変わるしかない。

「そんな、じゃあ……」

私は、私じゃない誰かになる。
ここに来た時から、大部分がなくなっているけど、忘れたくないものがあるんだ。

弥代くんのこと、チロのことだって。

「そよ香がここを出たいなら、俺もそうする。生まれ変わっても、そよ香のそばにまた行くって誓うけどーー確かな今の方が、安心出来るんだ」

手を伸ばせば届く距離。
手を伸ばせば握り返してくれる関係性。

不変を望むなら、ここで生きていくしかない。

私だって、弥代くんと離れ離れになりたくはない。このままでいたいけど、こんな場所で生き続けなければならないのはーー

「お、雨止むみたいっすね」

外を眺めるチロに習うが、止む気配はない。けれども、雨音に混じって懐かしい音が聞こえてきた。

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