死が二人を分かつとも

「カナカナだ」

夏の終わりを彷彿させる虫の声。
鳴き声を名前に変換してしまうほど、親しみある虫だ。蜩(ひぐらし)の名前より、カナカナの方が私の頭に根付いてしまっている。

「“飛べない奴”の声です。雨の降り始めと終わり、必ず吠えます。同種に危険でも教えてんでしょーねー。手前ら飛べる奴には、雨の降り始めとか終わりとか分かんないすけど」

「虫じゃないんだ……」

吠えるの言い方からすれば、獣。
喋るコウモリがいるんだから、何の声で喋ろうがおかしくはない。

チロが言うところの住人。
“飛べる奴”というチロがこんなに可愛いなら、“飛べない奴”はハムスターみたいなものかもしれない。

「……おい、鳴き声近くないか」

腰を上げる弥代くんは、警戒色に染まっているようだった。

「雨の降り始めの時は、遠いと思ったんだがーーなんで、こんな近くに」

「そりゃあ、速いからっすね。飛べない分、走るの速いんです」

「罪人狩るなら、狩猟犬の類か」

舌打ちし、私の手を引く弥代くん。
事情が変わったと、斧を携える。

「チロ、確認する。飛べない奴は、死人見たらどうするんだ」

「追いかけます。んで、食べます」

当たり前なことをさらりと答えるチロだけど、こちらの肝は一気に冷えた。

「嗅覚が良いとかで、死人(俺たち)の場所を特定出来たりは?」

「嗅覚はゼロっす。あいつら、口しかないんで。ーーん?鳴き声聞いてんだから、耳もか。あーもー、見た目的にあいつら分かりにくいんすよねー。耳と口は、とりあえずあります。鼻はないっす、多分!」

弥代くんにデコピンされるチロだった。

「他に分かることは?」

「は、はいぃ。ええと、速くて、話通じなくて、群れてます」

「なら、ここは危険か。袋小路だ」

雨足が弱くなる。
止むなりに出立しようとは、彼の足先が語る。

「どこに、行くの?」

聞きながら、行く宛がないのは分かりきっている。

地獄でさ迷うか。
もしくは。

「地獄の最果てを目指そう」

その選択が彼の口から出るとは思わなかった。

彼の望みは、私とここで生きること。
チロも意外だったらしく、目を丸くしている。

「やっさん、いいんすか?」

「俺は、そよ香の良いようにしたいだけだ」

「そよ香さん、やっさんと生まれ変わります?」

戸惑っていれば、いいからと言われる。

「答えなんて、いつでもいい。ここに残るも、生まれ変わるも。時間なんて、この場所じゃないようなものだし。永遠に迷ってもいい。それまでそばにいる。けど、ふとした時、生まれ変わりたいと決断したなら、そうしよう。俺と一緒に、生まれ変わる。死んでからも会えたんだ、また一緒にいられる」

見えない先にでも希望を持つ彼。ふと、彼はどうして、そこまで私を想ってくれているのだろうと疑問を持つ。

愛してくれているから?
頭は常に私を守ることで埋め尽くされて、いざとなったら化け物と戦う果敢も担って、こんな状態でも我を保って冷静に物事を判別している。

「地獄の最果てを目指すけど、決断するまではここにいる。迷っているなら、どちらの選択も叶えられる場所の方がいいだろ?」

淡々と話を進める弥代くんに、それでいいのと問いたくなる。

「弥代くんは……?」

聞く声が震えていたのは、なぜだったろうか。

「そよ香が幸せなら、それでいい。その近くに俺がいるならもっといい」

分かりきっていた答え以上の告白。
だからこそ、声が震えていたのだろう。

「やっさんは、愛の男っすねー」

茶化すコウモリの心境になれなかったのは、私がその“意味”に別の見方をしてしまったから。

愛されているのは身に染みている。
なのに、どうして。

「そよ香、いくぞ」

「う、うん」

震えを隠す。
差し出された手は左手。彼の指輪と、自分の指輪を見比べる。

『死が二人を分かつとも』、そんな彼の言葉が過ぎる。

笑ってしまう結婚式をしたのに、誓いの言葉の意味が今になって重みを帯びるようだった。

それでも、彼の温もりを自ら欲してしまう自分がいるのも確か。

手を伸ばされる。
自然と手を握る。

親密さが深くなければならない絆が、確かにあるのだから。

「弥代くん、怪我だけはしないで」

「そよ香が言うんなら、絶対しない」

雨が上がる。
虹が出ない世界でも、彼の笑顔がそれ以上に綺麗に思えた雨上がりだった。

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