死が二人を分かつとも
「弥代くんは、なんでそこまで……」
「おかしなことを聞くな。俺はお前の恋人だ。恋人守って、心配して、好きでいて、何がおかしい?お前だって、俺の心配してくれているじゃないか」
不出来な包帯巻きでも、おかげさまで痛くなくなったと言わんばかりに左腕がブンブン回される。
「だ、大丈夫なの!?」
「平気。見た目ほど酷くないから。そよ香をここまで運べるぐらい、平気」
ここまで、と言われても辺りは変わらない風景。何もない、と思ったところで“犬”の死骸がないことに気づく。
「さすがにお姫さま抱っこは無理だけど、おんぶなら出来たから」
木に立てかけた斧を手に取る弥代くん。
おんぶに抱っこという言葉があったけど、正にそれじゃないか……
「私に、出来ることとか」
「俺のそばにいること」
「そうじゃなくて……」
「なら、思い出すな」
決定事項を言い渡すかのような、威圧感ある口調だった。
「俺は、そよ香に隠していることがある。何があっても、俺の口からそれを話すことはない。言ったら最後、お前が傷つくと分かっているから」
私に嘘を言えず、私の言葉を全て聞いてくれる彼唯一の解答。
問い詰めることが出来ない答え方でもあった。
隠しごとは、私の無くなっている記憶の部分。あの夢が本当なら私はきっとーー
「考えるのも禁止にしとく。お前、邪推すんだろ」
額をつつかれた。
痛くはないけど、意識が彼に向く。
「過去じゃなくて、今生きているこの瞬間を見ろ。ーーって、なんかで聞いた。そうしないか。今、俺たちは地獄にいる。化け物がうようよいるここで、また生きていかなきゃならないんだから」
「そう、だよね」
ここで第二の人生を送るか。生まれ変わるか。
どちらも選びやすいよう、“地獄の最果て”に向かうにせよ、さっきみたく襲われることもあるんだ。
「“最果て”って、遠いのかな」
「チロが言うには、もうすぐとか言っていたけど。どうだかな。結構歩いた気がしても、時計ないし。ーー腹も空かないここじゃ、チロの言う『もうすぐ』が『どれぐらい』なのかも分からない」
寿命がないこの世界じゃ、時間はないに等しい。お腹が空かないと彼が言うとおりに、私も空腹を感じない。
走って疲れた感覚はある。心臓も動いて、汗も流れた。
けど、空腹、喉の渇きが一切ない。
「一度死んだから、もう死なないのかな」
「だろうな。“住人”(犬)に関しては、絶命した。ここに元からいるーーここで産まれ生きているからこそ、死んだ。案外、“残骸”よかもろかったよ。“残骸”は、頭だけになっても笑っていたし。チロが“住人”(犬)は“死人”を食べるとか言っていたけど、胃袋に入った奴が生きているかどうか確かめられない。胃袋で消化、黒い雨で溶けるとか、跡形もなく無くなった時初めて、“死人”が死んだと言えるのかもしれないが。
何にせよ、ここでは『殺されること以外で死ぬことはない』。飲まず食わずでいられるなら、老いもない。寿命がないから、永遠に生きられる。永遠に、お前とーー」
物思い耽る横顔は数刻のみ。
彼の顔つきが険しくなった。
「弥代くん……」
「静かに」
怖さから安易な真似をしたことを後悔する。馬鹿の一つ覚えで、とっさに「ごめん」と声を出したことで後悔の上塗りだ。
既に斧を構えている彼は、何かが来ると警告しているに等しい。
“残骸”か“犬”か。
生唾を呑み、待ち受けていればーー予想外に出くわした。