愛を欲しがる優しい獣
43話:疑惑
「え?横領事件?」
「声が大きい!」
椿はしいっと指をあてて、大声を出した私を窘めた。慌てて口元を押さえる。
「朝から営業部は大騒ぎよ」
「そうだったの……」
声を潜めて辺りを見回せば、出社したばかりの総務部は営業部の噂でもちきりだった。
椿も例にもれず、どこからか営業部の情報を仕入れてきていた。
「自宅待機になった人が何人も出ているみたいよ」
本部からやってきた監査部は会議室に陣取って、関係者を徹底的に調べているという。
(鈴木くん、大丈夫かしら……)
一抹の不安がよぎった。嫌な胸騒ぎがしてくる。
……この騒ぎの最中、鈴木くんはどこに出掛けたというのだ。
「ごめん、椿。私、営業部に行ってくるわ!」
「ちょっと!亜由!」
私は椿が止めるのも聞かず、営業部のフロアへと向かった。