愛を欲しがる優しい獣

(今日も暑いな……)

堅苦しいネクタイを緩めると、呼吸が楽になった気がした。

上層部が黒と判断したらもうネクタイを締めて出社することもないのだろうなと、想像したらなんだかおかしくなって僅かに笑みがもれる。

駅までの道のりをそうして歩いていると、日傘を差して出社する佐藤さんと丁度出くわした。

「おはよう、鈴木くん。今から外出?」

「おはよう、佐藤さん」

……会社で彼女を見るのも最後かもしれない。そう思うと少し切ない。

「じゃあね」

手を振って別れを告げると、佐藤さんは会釈をして俺が今しがた歩いてきた道を辿っていった。

……遠ざかっていく後ろ姿をずっと見ていたかった。

彼女に自宅待機の件を伝えるつもりはなかった。出社すればどうせすぐにわかることだった。

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