愛を欲しがる優しい獣
「やだ、冗談でしょう?」
「冗談じゃないって。本当に甘い匂いがするよ」
そう言って佐藤さんの首筋に顔を寄せる。
仄かに香る甘い匂いに頭がくらくらしそうだった。
甘い匂いが意味しているのはケーキの移り香のことだけではない。
「嘘つき」
「本当だよ」
そう答えると、彼女は疑うように俺の目を見つめてくる。
台所で沸騰を知らせる笛の音が鳴っている。
最近、会話が途切れる回数が増えた。
黙って見つめ合う時間が増えた。
そういう時、佐藤さんは決まって困ったように微笑むのだ。
「お湯、沸いたみたいね。止めてくる」
佐藤さんはカーペットから起き上がると、コンロの火を止めに行った。
(逃げられちゃった)
……俺がどれだけ焦がれようと、相変わらずつれない。
(櫂くん、君のお姉さんはこんな人だよ)