愛を欲しがる優しい獣

佐伯くんが負けじと言い返す。

「失礼な!俺だって渡辺だけはお断りだよ!」

「……本当にぶっとばしてやろうか」

ふたりが一触即発の雰囲気を醸し出す中、とめなくて良いのかという関谷さんの戸惑いが伝わってくる。

私は構わずにお弁当を食べすすめた。新人研修の時からこのふたりは何が気に食わないのか、顔を合わせると喧嘩ばかりしていた。もはや日常風景のようなものだ。

(じゃれたいなら他でやれば良いのに)

私は既に達観していた。

「今日は、社食なの?佐伯くん」

「そうそう、午後から出掛けるんだ」

佐伯くんの持ってきたトレイの上には、男性社員人気No.1のスタミナ定食がのせられていた。箸を割って定食を食べ始めると、しみじみと言う。

「本当に残業続きで嫌になるよ」

「俺もだよ」

……地を這うような恐ろしい声だった。

佐伯くんが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには目を吊り上げた鈴木くんが立っていた。
< 281 / 327 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop