哀しみの瞳
一度だけ、あの人が、仕事のついでだと言って、アパートを尋ねてきた事があった。



(秀)
「元気なわけないよな?」



(秀一)
「…………」



(秀)
「まだ、由理のところへ、行ってやれないでいるのか?」



(秀一)
「俺が行って…どうなるものでもないでしょう!」



(秀)
「会ってやるだけでも良いんじゃないのか?心配じゃないのか?」



(秀一)
「俺が心配してやらなくても…もうっ、本当の両親が側にいるでしょう!」



(秀)
「何を、投げやりになってるんだ!自分の気持ちは、どうなんだ?」



(秀一)
「兄としてですか?…貴方は、俺に何を期待しているんですか?」



(秀)
「俺は……お前は、俺の時とは、違うだろ!会いに行ってやれば、良いじゃないか!それからだって、進む道はあるはず……違うか?」



(秀一)
「…………」



秀は、そこまで言い、言葉を飲み込むように、そのまま後は何も言わずに帰って行った。


秀に何もかも見透かされているようで、腹立だしくしか思えなかった。


秀の前にいると、すべてを否定する事しか出来なかった。


自分の弱さを認めるのも嫌だった。


自分は、何処かに逃げているだけなのではないか?と自問自答するときもあった。



そう言いながらも、秀の寂しそうな後ろ姿が、脳裏に焼き付いて、離れないでいた。



(母さん…あの人に素直になれない俺を、弱虫な俺を…許してほしい!由理と俺は…どうなってしまうんだろうか?…母さん……)
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