アイドルとボディガード
「何、考えてんだよ」
乗ってすぐに走り出す車。
桐生は苛立っているようだった。
「もし俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「だってこうでもしないと会ってくれないじゃん」
「……しょうがねぇ、家まで送ってやる」
車を運転する彼の横顔。
どこか懐かしささえ感じる。
前はこうやっていつも送り迎えしてもらってたのに。
隣にいるのが当たり前だったのに。
今となっては、こんなやり方でしか会ってもらえない。
「桐生……、あたし桐生のこと好き」
「……あぁ」
「それだけ?」
「俺は、お前に恋愛感情なんて持てねぇよ」
「少しも?」
「あぁ」
そうきっぱり断言する桐生。
分かっていたこととはいえ、こうもはっきり本人の口から聞くとショックがでかい。
「それなのに、いつも助けてくれるんだね。もうボディガードじゃないのに」
「……情だ」
「へぇ、それでキスまでしちゃうんだ」
「何が言いたいんだよ」
「本当に、少しもあたしに気持ちないの?」
「ないって言ってんだろ」
どこか腑に落ちない。
黙っていると、桐生が口を開いた。
「俺は、お前のこと、芸能界で頑張って欲しいと思ってる。お前は俺の希薄な人間関係の中で、素直に応援したいと思える数少ない人間なんだよ」
ちらっと横顔を盗み見る。
「だから、その妨げになるようなものから守ってきたし、俺に対するお前の好意もその妨げになるならと、お前との関係を切った」
「……ねぇ、それってファンってこと?」
「あぁ、そうかもな」
何か諦めたかのように、自嘲気味に笑う桐生。
思わず顔が綻ぶ。
「だったらちょっとは喜んでよ、そのアイドルに告白されたんだよ?」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「だってあたしのファンなんでしょ?」
「あーあ、こんなこと言うんじゃなかった」
「なんでよ」
「こう、めんどくさいことになるからだよ」
信号機で止まった隙に、一本煙草を取り出し火を点けた。
「私は、ただ告白されて嬉しかったか聞きたいだけだもん」
ぼそっとぼやくようにそう言うと、一瞬桐生の視線を感じた。
しかし、それはすぐに前へ戻されてしまう。
「嬉しいよ、小泉千遥に告白されるなんて光栄だ」
不意をついて出た桐生の言葉。
まさか、そんな言葉が飛び出すとは。
思わず目を見張ってしまう。
おかしい。
普段の桐生だったら絶対そんなこと言わない。
「何それ嫌味?」
なんだか不気味で、そんな憎まれ口が出てしまう。
「さぁな」
そう言ってふーっと、開けた窓から煙草の煙を吐き出す。