アイドルとボディガード




「何、考えてんだよ」


乗ってすぐに走り出す車。
桐生は苛立っているようだった。


「もし俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」

「だってこうでもしないと会ってくれないじゃん」

「……しょうがねぇ、家まで送ってやる」


車を運転する彼の横顔。
どこか懐かしささえ感じる。

前はこうやっていつも送り迎えしてもらってたのに。
隣にいるのが当たり前だったのに。

今となっては、こんなやり方でしか会ってもらえない。


「桐生……、あたし桐生のこと好き」

「……あぁ」

「それだけ?」

「俺は、お前に恋愛感情なんて持てねぇよ」

「少しも?」

「あぁ」


そうきっぱり断言する桐生。
分かっていたこととはいえ、こうもはっきり本人の口から聞くとショックがでかい。


「それなのに、いつも助けてくれるんだね。もうボディガードじゃないのに」

「……情だ」

「へぇ、それでキスまでしちゃうんだ」

「何が言いたいんだよ」

「本当に、少しもあたしに気持ちないの?」

「ないって言ってんだろ」


どこか腑に落ちない。
黙っていると、桐生が口を開いた。


「俺は、お前のこと、芸能界で頑張って欲しいと思ってる。お前は俺の希薄な人間関係の中で、素直に応援したいと思える数少ない人間なんだよ」


ちらっと横顔を盗み見る。


「だから、その妨げになるようなものから守ってきたし、俺に対するお前の好意もその妨げになるならと、お前との関係を切った」

「……ねぇ、それってファンってこと?」

「あぁ、そうかもな」


何か諦めたかのように、自嘲気味に笑う桐生。
思わず顔が綻ぶ。


「だったらちょっとは喜んでよ、そのアイドルに告白されたんだよ?」

「なんでそんな偉そうなんだよ」

「だってあたしのファンなんでしょ?」

「あーあ、こんなこと言うんじゃなかった」

「なんでよ」

「こう、めんどくさいことになるからだよ」


信号機で止まった隙に、一本煙草を取り出し火を点けた。


「私は、ただ告白されて嬉しかったか聞きたいだけだもん」


ぼそっとぼやくようにそう言うと、一瞬桐生の視線を感じた。
しかし、それはすぐに前へ戻されてしまう。


「嬉しいよ、小泉千遥に告白されるなんて光栄だ」


不意をついて出た桐生の言葉。

まさか、そんな言葉が飛び出すとは。
思わず目を見張ってしまう。

おかしい。
普段の桐生だったら絶対そんなこと言わない。


「何それ嫌味?」


なんだか不気味で、そんな憎まれ口が出てしまう。


「さぁな」


そう言ってふーっと、開けた窓から煙草の煙を吐き出す。










< 50 / 67 >

この作品をシェア

pagetop