虫の本
 ……かつん。
 存在しないはずの足が形を成し、通路の硬い床を踏み締める。
 四人にとっては唐突に現れたように見えたかもしれない。
 しかし、あたしは確かに元からここに居たものだ。
 そうあるべく望まれれば、望まれた通りの形でのみ存在できるもの。
 そして、この世界そのものが欲する姿こそが、今のあたしに他ならなかった。
 黒服達がいち早くあたしの出現に気づくが、時既に遅し。
 一人の顔面が圧壊するのと、一人が胸部に大きな風穴が空くのは、ほぼ同時。
 それは、本能的に危険を察知したのか、あるいは絶命した二人よりも高い処理・反応速度を有していたのか。
 残った一人があたしから距離を取るべく、一歩だけ下がる。
 それが決め手だった。
 たとえ偶然だったとしても、それは生き残る為の選択としては、正解。
 あたしはそちらに向かって攻撃を放てない。
 何故なら、それを望む者がいないから。
 だからあたしは……そう、困ったんだ。
 困って、動きを止めてしまったのだ。
 はじめて躊躇という概念を体験し、それが隙となる。
 時間にしてみれば、刹那の事であったろう。
 しかし、彼女にとっては十分過ぎる時間と言えた。
 視界の外から白い塊があたしを襲う。
 全身が沸騰するかのような感覚を味わった瞬間には、実体化していたあたしの四肢は既に消滅した後だった。
 冷静に分析するなら、あたしの想像を上回る高出力による熱収束射撃兵器、と言った所か。
「アンノウンの消滅を確認」
 上半身の半分を砲身へと変形させた白い少女は、あらかじめ決められた手順通りに上半身を変形させ、元の形状へと戻っていく。
 いいだろう、サイボーグ。
 今回はあたしの負けだ。
 これで一勝二敗、しかし次は同じ手を食う事もないだろう。
 実体を失ったあたしは負け惜しみを呟く事も出来ず、その独白は空気を振動させる事無く虚空に消えた。
 実際の所、勝ち負けなんてどうでも良いのだ。
 自分が一体どういったものなのか、流石に三度も実体化すれば何も知らないあたしにだって、何となく分かってきた。
 だから、今回の実験は大成功。
 勝手が分かればどうという事はない。
 これからは好きにやらせて貰うとしよう。
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