虫の本
「つまり、全てを諦めて滅びを享受すると?」
「そーは言っちゃいねえ。ただ、あんたよりも信じられる物があった、それだけの事さ」
 再生天使を自称する男は嘲るようにクククと笑い、冷たい視線で俺を射抜く。
 しかし、俺は奴に対してあくまでも否定的な姿勢を崩さない。
「我の言葉が信じられぬと判じた根拠は?」
「俺達は人気の無い裏道を走り回ってたんだぜ? 何でそんな所に居た俺と由加がわざわざ選ばれたのか、その理由が分からねえんだよ」
「…………」
「そんなに“再生”とやらがやりたけりゃ、表通りで存分にやればいい」
「ならば、どうするかね?」
「考えるさ。幸い、あと少ししか無さそうだとはいえ、時間は残されてるみたいだし。整理して、吟味して、判断して、結論を下す……そうすれば、大抵の真実は見えてくるもんだ。後は導いた解を、どう応用するかだな」
 俺の返答が気に入らなかったようで、男の顔が急速に歪んでいく。
 ひくついたこめかみが半端なく怖いのだが、俺はあえて強気の姿勢を崩さなかった。
 わざわざ詐欺師に弱みを見せるなんて馬鹿げてる。
「俺達以外の連中は“再生”出来ねーか? それとも、そうする必要がねーのか? 世界がおかしな事になってる以上、“再生”とやら自体を疑うつもりは無え。けど、こんな都合のいい話は疑われて当然だな」
「……それが、お前の答えか」
 白い翼の天使が雑音を発する。
 耳障りだ。
 聞くに耐えない。
 が、俺には言葉という武器しか無いのだ。
 組み立て、放ち、えぐる、そんな武器で、ノイズを遮りにかかる。
「ああ、勘違いしないでくれ」
 俺は由加の方に視線を移した。
 釣られて天使もそちらを見る。
 ワームとやらに巻き込まれ、既に上半身が灰色の中に飲み込まれている彼女。
 押しても引いてもびくともしなかった、由加の体。
「あいつ、嘘を吐く時に必ず目を逸らす癖があるんだよ。それは、由加自身も気付いてない。で、あんたの言い分に嘘か妙な点が無いか考えた」
「お前、何を言って……?」
 ああ、羽矢が迫る死の間際で見た由加の姿は、確かに虚像であった。
 今なら冷静に認められる。
 何故なら、由加はもう居ないのだから。
 ならばこの男には、壊れてしまった俺が何を言っているのかなんて分かるまい。
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