虫の本
 絶対的な死が迫る。
 ヤバい。
 避けなきゃ死は免れない。
 狙いはどこだ?
 奴の宣言通り、脳髄──頭か?
 それとも心臓か?
 首か? 腹か? 腕か? 脚か?
 どこに命中しようと、当たれば間違いなく一撃必殺。
 しかし、当たらなければ問題は無い。
 さっきみたいに躱しさえすれば、必ずチャンスは作れるはずだ。
 考えろ。
 焦らず考えろ。
 整理して、吟味して、判断──
「──してる暇なんてあるか、畜生おっ!」
 俺の悲痛な叫びが木霊した。
 着弾!
 轟音と衝撃をまんべんなく撒き散らし、白い羽はその力を余す事なく解放する。
 原理は不明だが、最早どうだって良い。
 目は一瞬で見えなくなった。
 耳は一瞬で聞こえなくなった。
 鼻は一瞬で利かなくなった。
 きっと、味覚も同じ。
 ──けれど、痛覚だけは残った。
 足を捻った時とは段違いの激痛が、全身で満遍なく暴れ回る。
 無茶苦茶痛い。
 つまりそれは。
「痛……ってえな。何だよ、生きてるじゃねーか、俺」
 一瞬だけ、もしかしたらピンチな状況に呼応して、俺の血に眠る勇者の力か何かが目覚めたのかとも思ったけれど、どうやらそんなご都合主義は起こらなかったらしい。
 全身に力がみなぎる感じも無ければ、変身したり体が光ったりといった変化も特には認められない。
 ……当たり前だけれど。
 視界が戻り始めるにつれ、俺が生き残れた理由が明らかになってきた。
 無数の木の根や幹がアスファルトの地面を突き破って、裏路地を占拠している。
 それはまるで、俺を守るかのように壁を作っていたのだ。
 よく分からないけれど、何かおかしな事が起きて、何故だか助かった……?
 結局は、ご都合主義もここに極まったようだ。
 しかし、どうやら俺には息つく暇も無いらしい。
 理由は明白。
 俺は何者かに強い力で腕を引かれ、そのまま連れ去られてしまったのだから。
 突然現れた木々のお陰で羽矢の直撃こそ受けなかったにしろ、爆心地のすぐ近くに居た俺は全身に満遍なく爆風を浴びている。
 無理な負荷がかかった俺の身体は、あまりの痛みの強さに咄嗟に脳のブレーカーを落とす事を可決してしまったようだった。
 まだ完全には視力を取り戻していない視界が暗転する──
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