虫の本
 決定。
 真偽はさておき、少なくとも俺にとってお前は間違いなく本物の由加だよ。
 死んだけど“再生”した。
 納得は出来ないけど、強引に理解しよう。
「これで良い?」
「ああ、ありがとな。じゃあ、二つ目──」
 彼女と言葉を交わした事で、俺にも礼を言う余裕は出てきたようだ。
 しかし、二つ目の質問をイメージし、再び体に緊張が走る。
 これを聞いてしまえば、もしかしたら後戻り出来なくなってしまうかもしれない。
 これを聞いてしまえば、もしかしたら諦めがつかなくなってしまうかもしれない。
 けど、これだけは絶対にはっきりさせておきたい事だった。
「今でもさ……俺の事、好きか?」
「好きだよ。たぶん──ううん、間違いなく私は世界で一番大樹の事が好き。でもね、同じくらい憎いし妬ましいんだ」
「…………」
 由加はこちらを見据えている。
 あの重苦しさは、演技じゃない。
 あいつの表情は、俺が誰よりも知っている。
「変だよね、愛しくて憎いなんて。でも、頭の中で誰かが叫ぶんだん。大樹を逃がすな、大樹を生かすな、って。そして、私も本気でそう思ってる。やっぱり皆が“持ってない”のはずるいよ、分けてあげなきゃ」
 そうか。
 俺にはお前が言っている事の意味は分からないけれど。
 それがお前の本音なんだな。
 それがお前の真実なんだな。
 お前は確かに嘘吐きの常習犯だけれど。
 呼吸をするかのように嘘を吐くけれど。
 俺が憎いと言ったお前は、“目を逸らさなかった”な。
 由加は、変わってしまったんだ……!
「だからね──」
 由加が口を開く。
 それに呼応するかのように、天使が頭上に掲げた右手の上より羽矢が出現していた。
 あれは、俺の命を刈り取る為に用意された必殺の凶器。
 その矛先が俺に向いている事は、糞天使の意志であると共に、由加の意志でもある。
 一方、俺は丸腰である事に加え、足に怪我もしている。
 それでも俺は……!

「私達の同胞の為に、一回死んでちょうだい──大樹ッ!!」
「お前達なんかの為には、死んでやれねえよ──由加ッ!!」

 二人の声が重なり、途切れるのと全く同時。
 死を運ぶ一閃が、暗い裏路地を真っ直ぐに駆け抜けた。
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