虫の本
 頭がはっきりしてきたことで、彼女が全身に大小様々な怪我を負っている事に気付いたからだ。
 命掛けで糞天使に挑んでくれていたであろう事が分かるだけに、彼女を責めるのはお門違いも甚だしいと言わざるを得ない。
 そもそも、彼女に責任転嫁しなじった所で、きっと由加は喜ばない。
 人懐っこい笑顔が脳裏を過り、俺は慌てて頭を振り、雑念を追い出した。
 過去に囚われ未来を失う事は、俺には許されないのだ。
 守らなくてはいけない約束があるのだから。
「私の力が至らなかったばかりに……申し訳ありません」
「いいって言ってるだろ? 暗くなるのは後回しだ。あんまり何度も繰り返すと──」
「…………」
「起こるぞ?」
「おはようございます?」
「興るぞ?」
「活性化するのは良い事ですが、無理はなさらないよう」
「熾こるぞ?」
「火遊びは感心しませんね」
 息はピッタリだった。
 何者だこいつ、と思わず突っ込みを入れそうになる。
 本当はそういう気分でもないのだが、俺は自分の気持ちに嘘を吐く事にした。
 今は悲しみに沈むべき時ではない。
「はあ、こんな時なのにマイペースな方ですね……由加さんの事もあって、もっと落ち込んではいないかと心配していたのですが」
「落ち込んでるよ。すっげー凹んでる。でも、やられっ放しは気に入らねーからな……一矢報いてやらなきゃ、おちおち死んでやる事も出来ねーよ」
 無論、こんな所で死んでやるつもりは無いのだけれど、ただの高校生の手に負えるような相手じゃない。
 奴は、物理法則を無視し放題な射撃武器を持っている。
 腐って歪んで壊れて崩れても再生天使、油断していれば俺の方がお陀仏だ。
 …………。
 ……天使だって……?
 その時、ようやく落ち着き始めた頭が、早速一つの可能性を示唆してきた。
 赤髪が敵ではないという確証は無いが、あの糞天使の言葉よりは信用しても良い気がする。
 俺はさっそく、思い付いた仮説の検証に入る為、彼女から情報を得る事にした。
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