虫の本
「貴方が狙われていたのは分かっていたので、急いで何かを書き込む必要があったんです。白紙のままでは、栞は武器になりせんから」
「なら、どうして俺を助けたんだ? 見ての通り、戦う力の無い俺は何の役にも立ってやれない」
「誰かを助ける事に、理由は必要ですか?」
 淀みなく答える赤髪に、俺は両手を挙げて降参のポーズをとった。
 彼女は模範的なセイギノミカタではないし、巨悪が許せないから戦っているという感じでもない気がする。
 その表情の少ない瞳の奥には、私怨のような物が見受けられる気がするからだ。
 それでも、彼女の答えを何となく予想はしていたにも拘わらず、実際に言われてみれば嬉しいものがあった。
「そいつが聞ければ満点だ。よろしく頼むぜ、相棒」
「相棒、ですか?」
「俺達は、これからあの詐欺師に挑まなくちゃいけない。逃げるにしろ、隠れるにしろ、あの爆弾みたいな羽矢を持つあいつにつけ回されちゃ、おちおち休む事も出来ねーだろ」
「…………」
「だから、俺達は信頼し合い、力を合わせ、あいつを撃退するんだ。命を取ろうだなんて物騒な事は言わねーけど、生き延びるには避けては通れない、細くて険しい一本道さ」
 損得感情抜きで俺を救ってくれたというのなら、こちらも最大限の協力を惜しむつもりは無い。
 俺は自然と口許が緩むのを自覚した。
「じゃ、次で質問は最後だ。もっと言いたい事や聞きたい事は山のようにあるけどさ、これを乗り切ってからにしような」
 細かい事は後でじっくり聞けばいい。
 その為の絶対条件。
 二人共が、ゆっくり話が出来る状態で、生き残る事。
 死ぬ事なんかよりもずっと簡単で、ずっと難しい。
 ……大丈夫、簡単なら出来るはずである。
 俺は本格的に行動を開始する為、情報収集の仕上げに移る事にした。
「あんたは、俺が助かる見込みはあるかって聞いた時に、手段自体は無い事もないって答えたよな? どんなに可能性が低くても構わねーから、詳しく聞かせてくれよ」
 かしこまりましたと答えた彼女は、栞についての話を再開した。
 全て使い果たしてしまったとはいえ、やはり鍵は栞にあるようだ。
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