虫の本
「白紙の栞とは、つまり“本”に挿していない栞の事です。栞に情報が記述されると、こうなります」
 言って、赤髪は肩に留めた銀の栞──いや、銀文字で埋め尽くされた栞を指差した。
 この肉眼で読み取れないほど細かい銀文字が、記述された情報という事なのだろう。
 DVDなどと似た原理と考えれば、なんとか理解できない事もなさそうなので、俺は特に突っ込みを入れたりはせずに次の言葉を待った。
「栞の本来の目的とは何でしょうか?」
「何って……本を何処まで読んだかを、後ですぐに分かるようにする為だろ? テレビゲームで言う所の、セーブポイントだ」
その通り、と答えた赤髪はそのまま少し硬直し、テレビゲームとは何ですかと質問を返してきた。
 説明の時間が惜しいので、今は関係ないから生き延びられたら教えてやるよ、と話を逸らす俺。
 今は栞の話が優先だった。
「ともあれ、栞とは本から情報を取得して再現する媒体であると共に、本の中の任意の場所に読者を連れ戻す為の道具でもある、という事です」
「つまり本の中に入るには、白紙の栞が必要って事だな。待てよ……?」
「そう。読書を再開する時だけでなく、読書を終える時にも栞は使います」
 栞とは、挟んだ場所の情報を記録する物。
 本から抜き取ればリセット完了、栞には記録が残らずセーブデータは白紙に戻ると言う訳だ。
「なるほど。この世界から脱出する為には、白紙の栞が必要ってわけだ。けどそれは皇樹に使っちまったから、今は脱出の方法が無え……と」
 いきなり希望が断ち切られてしまった。
 たった一枚しか無い白紙の栞を、赤髪は発動するかどうかも怪しい皇樹の情報の書き込みに使ってしまったのだ。
 これは、脱出の手段が完全に無くなってしまった事を意味していた。
 しかし絶望しかけた俺を制し、赤髪は再び「手段自体は無い事も無いんです」と繰り返す。
「本は普通、どこに置きますか?」
「そりゃあ本棚だろ」
「その本棚は?」
「えーと……自分の部屋とか、あとは本屋とか」
「あるいは、図書館」
 図書館。
 その聞き覚えのある単語に、俺ははっとした。
< 48 / 124 >

この作品をシェア

pagetop