虫の本
「答えになっていないな」
 無論、すぐに正直に答えてやる義理はなかった。
 俺の目的は時間を稼ぐ事なのだから、当然である。
 俺の両手に止められつつも、奴の“左手”がじりじりと首筋に近付いてくる。
「不審な点はいくつかあったけど、一番の決定打は(※1)かな?」
「空欄に入る言葉を答えよォォォ!」
 なおものらりくらりと茶化す俺を、修羅の表情が睨み付けた。
 ただでさえこちらが力負けしてるというのに、羽野郎は遠慮なく体重を乗せる。
 奴の腕力を考えたら、いつこちらの腕を折られてもおかしくない状況である。
 たまらず俺は、さっさと降参する事にした。
「……(※1)。に、ニワトリ」
 びくり、と。
 すぐに音を上げた俺が漏らした言葉に対し、再び過剰な反応があった。
 腕に込められていた馬鹿力が、急速に霧散していく。
 鶏。
 学名、ガッルス・ガッルス・ドメスティクス。
 世界中で飼育されている家禽であり、食用としての肉や卵のほか、骨や羽毛にも利用価値があるとされている。
 再生天使リピテル。
 その正体は鶏の亜人だろうと、俺は断定の形で宣言してやった。
「確かにさ、天使らしからぬキレた発言や、病的なまでに白に拘った配色の出で立ちは、むしろ胡散臭さすら感じてた。でも、それだけじゃ根拠としちゃ薄いよな……あんた、由加を本当に復活させちまったし」
 俺の手では救い出せない状態に陥った由加。
 なのに、由加は帰ってきた。
 羽野郎の仲間としてだけれど、彼女は帰ってきた。
 奴の手によって抹消され、奴の手によって戻って来たのだ。
 それを羽野郎に感謝するのはお門違いなのだけれども、それでも俺は半狂乱になりながらも内心ではほっとしたものだ。
 ならば、そこには俺に理解出来ない理が確かに存在すると認めても良いだろう。
 しかし、それが天使の力だと断定するには、あまりに早計ではなかろうか。
 ここで一つ、疑問が浮上するのだ。
 由加の復活が天使の力ではなく鳥人間の力だったとしても、奴は天使を名乗る必要は無く、鳥人間として“再生”劇を演じれば良かったはずである。
< 73 / 124 >

この作品をシェア

pagetop