僕を止めてください 【小説】



 厚手の紙をめくり、作品が見えた瞬間、僕は無音の世界に放り込まれたような気がした。モノクロの画面を真ん中から切り裂くように、人が吊るされていた。

 縊死。

 どこかのビルか何かの吹き抜けの階段の手摺だった。そこに白い太いロープが結んであった。太いロープは不自然なほど白かった。屍体の顔は男。彫りの深い外国人だった。床には黒いものが滴って、それが溜まっていた。僕の中でなにか言い知れない感情が蠢くのを感じた。瞬きを忘れた。いままで沢山の死の写真を見てきた。だが、この画像は僕の見てきたものの中で、特別に感じた。不意に下腹部が熱くなった。これはなに? この感覚はなに? 無音の世界が、僕の熱で赤く染まる。嫌だ。静けさが壊れていく。壊してるのは自分だ。なぜ熱くなってるの? 無音の世界にたった独り、僕の存在だけが生々しく感じた。そして途轍もない違和感に襲われた。僕が生きているのが変なんだ。そう気がついた時、僕はこの写真の中の誰かに、凄まじいほどの羨望を感じていた。

「気に入ったかい?」

 彼が耳元で囁いた。僕は我に返った。なにか意味もなくすごく気まずい感じがして、僕は答えも出来ず、慌てて次のページをめくった。

 頭の潰れた屍体が地面に固まっていた。

 やはりモノクロで、それは多分飛び降り自殺の現場写真だった。関節がありえない方向にネジ曲がった脚、地面に広がる体液。また、僕の下腹部でドクンと何かが蠢いた。それに身震いした。

「どう?」

 言葉が出ない。僕はまた彼を無視してページをめくった。自分の身体が反応していることをわかられたくなかった。

 





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