僕を止めてください 【小説】
ページをめくると、黒い水の張られたバスタブに胸まで浸かって絶命している女の人が現れた。
黒いのは多分血だろう。バスタブの中で手首を切ったのだ。風呂場のタイルの壁に顔をあずけ、目を閉じていた。半開きの口もと。水を吸った色の薄い西洋人の髪の毛が顔にまとわりついている。タイルの床に落ちているカミソリ。これも白黒の写真だった。
次のページをめくった。ベッドで目を見開いて身体をよじって死んでいる女。口元から黒いものが溢れ、顔を汚していた。服毒死だろう。枕元に空の薬瓶が転がっていた。息が少し上がる。呼吸が早くなってる。次のページをめくる。少しづつめくるスピードが増していく。興奮しているから、そしてそれは読めない言語で解説してあるこの写真集がどんなテーマなのかを確かめるためでもあった。3ページめくった時点でもうわかっていたけれど。
「すごく、熱心に見てくれてる? だったら嬉しいなぁ」
何度話しかけても無視されてるのをそんな風に彼は思ったようだった。実際それもあったが、どう答えていいかわからなかった。だが、確信を持った僕は、早くその答え合わせがしたくて、5ページ目を見ながら彼に確かめた。そこには右のコメカミを銃で自ら撃ちぬいた若い男が椅子に座っていた。
「自殺…全部…自殺の現場…」
「そう! そうなんだ! よくわかったね。さすがだよ!」
彼はとても嬉しそうに叫んだ。その声を聞いて、僕は初めてこの人も屍体が好きなのかということに思い至った。それは初めて他人というものが存在するのを知ったような気分だった。それは僕にとって、まるでヘレン・ケラーが水を手に受けた時に、物には名前があるということを知った瞬間のように。