僕を止めてください 【小説】



「パパが心配してたよ。あいつ、なんかあったんじゃねーかって」
「パパ…」
「お父さんだろ君の、小島君は」

 お父さん。そうだった。僕にはお父さんがいっぱいいる。

「怒ってましたか」
「いや。だから心配してたって」
「僕は大丈夫ですから。そう伝えて下さい」
「君が直接電話すればいいんじゃない?」
「いえ、もう電話はしませんから」
「…なんで」
「おわかりでしょう?」
「わかるけどさ」
「寺岡さんから言ってあげて下さい」
「どう言うの? もう電話に出たくないからって裕が言ってたよって私が言うの?」
「はい。すみませんがお願いいたします。機嫌の悪い小島さんでもいいからいっぱいお話して交流を深めて下さい。キッカケなんて何でもいいんですから」

 寺岡さんはフンと鼻で笑って、それからため息をついた。

「君の思ってる通り、機嫌が悪くても小島君の声が聞けて私は幸せだよ…でもなんかあったんでしょ。マジで。裕君いつもと違うな」
「…無いですよ。なにも。寝起きなんで…舌が回んなくて」
「寝起き? 具合いでも悪かったの?」
「いえ、期末試験が今日終わったんで。昨日遅くまで勉強してて。帰ってからずっと寝てました」
「ああ、お母さんがそう言ってたっけ。ごめんね、起こしちゃって」
「いえ、良いです。ご飯の時間だったし。起きなきゃ」
「お母さんも言ってた。君、この前から変だって」
「え?」

 母にバレている。いつもながらよく見てるな…と、僕は血の繋がっていない母のことを感心した。

「1週間前くらいかな」
「なんで母が?」
「お母さんは私に君のこと相談してるんだって言ったでしょ。この前私がお中元のお礼に君のお母さんに電話したんだよ。ご丁寧にね、お母さんカフェ・グレコのエスプレッソのセット送ってくれたのよ」
「母に訊かれて、寺岡さん苦い珈琲好きだって…僕が」
「ああ、ありがとうね。結構美味しかった。グレコ初めて飲んだけど。ドリップパックも悪くないね」
「良かったです」
「良いのかね。前の君に戻ったって…言ってたよ、お母さん」
「まえ…」
「松田君と会う前…なんだろうな。てことは、死の国に帰った…いや、帰ることができた。そうでしょ?」

 寺岡さんの鋭い推理は健在だった。皆んなにバレてるのか、困ったな…と僕は思った。





< 265 / 932 >

この作品をシェア

pagetop