僕を止めてください 【小説】
2枚目…墜落事故…3枚目…庖丁による殺人事件…
僕は機械的に手を動かした。9時まであと4、50分だろう。この写真の束は50枚以上あるような厚みをしていた。どこまで僕が耐えられるだろう。そんな考えが僕の頭をよぎった。よぎった瞬間に僕はそれを振り払った。雑念にかかずらわってる暇はない。
4枚目…自転車とトラックの交通事故…5枚目…
「…っ!」
その時目に飛び込んできたのは入水自殺の、膨化した溺死体だった。とっさに僕は右手の甲で口を塞いで目を逸らしかけた。声が出てしまいそうになった。身体を落ち着かせるために一度、目を閉じた。大きく息を吸って、それを吐き出した。そしてゆっくりともう一度目を開いた。
(終わり終わり終わり終わり終わりぃぃ…!)
屍体が狂ったように僕に囁く。そうやって叫びながら車ごと海に落ちていったんだ。既に指先が震えていた。その手で僕はその写真を左側に分けた。
6枚目…焼死体…放火?…7枚目…飛び…降…
うっ…と声が漏れる。頭の下の血の海と見開いた目。挫滅した頭蓋骨と脳。顔にまとわりつく長い髪…顔とむき出しの脚に死ぬ前に生じていた内出血…全員呪われろ…と呪詛の言葉が響く。いじめられた女子中学生…校舎の裏手…リンチの後に階段を駆け上がっていく足音…その写真を素早く、さっきの溺死体の上に重ねる。息が上がってくる。浅い早い呼吸で過呼吸にならないように、僕はもう一度目を閉じ、息を殺した。下腹部の熱さが膨れ上がってくる。コートの下でもうそこは硬くなってしまっていた。
8枚目…傘で眼窩を突かれた脳挫傷…9枚目…雪の中の凍死屍体…10枚目…
「ああっ!」
僕はもう声を押し殺せなくなっていた。縊死だった。耐えていたものがすべて無意味に思えた。右手で額に手を当てる。身体の中の血のうねりのようなものをどうしていいかわからなくなってくる。屍体は3階のベランダから外に宙吊りになっていた。どうして…どうしてこんなに迅速に向こうへ逝けてしまうんだ…僕ですら押し止められている自分の死を、なぜこんな空白の中で…パジャマの裾がヒラッと宙に舞った。彼は笑っていた。笑いながらすぐに息が詰まった。目を逸らしながら左側に重ねると、知らないうちに涙が滲んできた。
次…11枚目…縊死に見せかけた絞殺…次…12枚目…これも縊死に見せかけた絞殺…13枚目…頭を殴った後の絞殺…絞殺が5、6枚続く…そして18枚目…縊…死…
はぁ…はぁ…もう目を閉じることが出来ない。眼窩を見開いたまま、右手を床についた。身体の力が抜けかけている。吊られて伸びきった左手で前に倒れるのを押しとどめていた。手首に手錠が食い込む。だんだん左手の指先が冷たく麻痺してきていた。
まるで『Suicidium cadavere』の再現。否、これが本当のSuicidium cadavere。でももう、途中で意識を落としてくれる人はいなかった。この写真を、どうにかして左側へ移さなければ。だが、そのための右手がもう身体を支えるためにしか機能していなかった。コートの上に倒れられたら、まだ転がったまま写真を確認できる。でも手錠のせいで、僕の身体は膝立ちでそれ以上前にも下にも動けなかった。