僕を止めてください 【小説】
「ゆ…ゆきむら…さん…」
「なんだ…?」
喘ぎながら僕が彼を呼ぶと、かすれた声で幸村さんが答えた。見上げると彼は棒立ちになって僕を見下ろしていた。
「てっ…手伝って…くだ…さ…い…」
時間がない。手が空いてるのはそこに立っている人だけ。
「なにを?」
「このしゃ…しん…左側の山に…置い…て…下さい…」
「ここにか?」
片膝をついて彼は僕の前にしゃがみこんだ。そして写真を取ると、僕の右に置いた。反対だ。僕は首を横に振った。向かい合っているのだから逆に言わなければならない。
「…いえ…幸村さんの…右…がわ…」
幸村さんはそれを自分から見て右に置き、写真を揃えた。次…19枚目…刺傷による失血死…
「つぎ…ひだ…りに…お願い…しま…」
「こっちか」
「は…い…」
「つ…ぎ…うぁ…」
20枚目…気が狂いそうになってくる。再び縊死。僕は床のコートを震える指で握りしめていた。
「み…みぎにっ…!」
左手首が鬱血してパンパンになっている。指先が膨張して張り裂けそうな感覚が痒みを伴ってやってきた。このままいくと、手首から先に酸素が足りなくなりチアノーゼを起こす。手指の神経や血管に損傷が起こると、解剖の手先の仕事に左手が使い物にならなくなる。
「ひだり…て…手錠外し…血が…止まって…しびれ…て…」
幸村さんは無言でポケットから手錠の鍵を出し、素早くそれを外した。もう逃げないと思ったのだろう。手錠を外された瞬間に、僕は反動で前のめりに倒れかけた。その身体を幸村さんが両手で受け止めていた。触れられたと同時に、ビクッと全身が震えた。
「んああっ…!」
「どうした?」
「さっ…触らないで…!」
僕は受け止めた幸村さんを突き飛ばした。その反動で僕は後ろに倒れこみ、ドアに背中を打ち付けていた。僕はそのままドアにもたれ掛かった。