僕を止めてください 【小説】




 小学生なのに、借りる本は写真入りの解剖学の医学書や、畜産の解体のルポ、ゴーストタウンの写真集、日本やアメリカの検視官物のミステリ小説、廃棄物処理の実態…など、とてもじゃないが普通の人なら目を疑うようなラインナップだったろう。その図書館に通い始めて何年も経ち、僕が中学生になった頃、その司書は赴任してきたらしい。後からそう本人が言った。1年ほど僕の図書カードを黙って観察し、その間に僕の好きそうな本を蔵書に加えてくれていたそうだ。奇特な人だ、と思った。

 話しかけられたのは、9月の残暑が終わりかける暴風雨の夜だった。来た時はまだパラパラ程度に降っていた雨が、急に西の空に真っ黒な雲が湧き、いきなり土砂降りが始まった。途中から風も出てきて、まるで台風のような天気になっていた。利用者たちは皆、本降りになるまでに帰宅し始め、逃げ遅れた僕はなすすべなく、ほとんど人気のなくなった図書館の窓から、ぼーっと豪雨を眺めていた。図書館の庭の樹の細い枝が折れ、飛ばされていくのが目に心地よかった。

 「傘、持ってる?」

 後ろからいきなり声がした。びっくりして振り向くと、そこに男の人が立っていた。






 
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