僕を止めてください 【小説】
「出来れば雪の中で凍死したい、です」
清水センセが笑いながら雪の中の僕を眩しそうに見下ろす。
「あっはは! 良いね! 腐りにくいし! でも君が自殺以外の凍死する機会ってどうするんだろ? 酒も飲まないでしょ。殺人しかないよね」
「まぁ、それは願望です。リアリティないですよ。でも、もし死んだら、先生の好きなように加工して下さって構いませんから」
「ほんと?」
「ええ、エンバーミングでもホルマリン漬けでも、プラストミックでも、パーツごとに切り分けても、肉を溶かして骨だけ標本にするんでも、もう、なんでも」
「プラスティネーションかぁ! すごく魅力的だけど、設備が大変だなぁ」
「そうですね。多分一番お金がかかるのは、−25℃のアセトン冷却槽ですかね」
「うん、僕もそう思う。この家に地下室でも掘って、プラストミックのラボでも作らないことには実現できないなぁ。ほんと日数かかるよね。まずアセトンの前に一週間ホルマリンでしょ?」
そう言うと清水センセもいきなり僕の隣にボフッと仰向けに倒れた。
「雪って気温がマイナスのときは、表面より深い雪の中のほうが温度が0度に近いんだよね」
「今日の気温知ってます?」
「朝は−6度だったけど」
お互い雪の中に倒れながら屍体の保存方法をいろいろ検討し合った。僕たち以外には誰もいない。ずっとこんなことをポツポツ話しながら、二人でずっと雪の中に倒れていたい。そんな気持ちになった。ただの友達で良いじゃないか。勃起しないのだから、清水センセはきっと恋情と友情の区別がついていないのだ。推理小説を読んでいると、恋愛とみまごうばかりの親友が登場したりするではないか。そんな奴らは命も惜しくないと言って、親友のためにいともたやすく死地に赴いたりするのだ。とはいえ、僕も友情も恋愛も知らないので、この、どんな奉仕も厭わないほどの感謝にあふれた自らの気持ちをなんと呼ぶのかわかるわけもないが。
「さすがに僕は限界だ!」
ムクッと清水センセが起き上がった。
「僕はこのまま埋めて下さって良いです」
「埋めて欲しい?」
「それもいいですね……」
「君の姿が見えなくなってしまうから、埋めないよ。そろそろ帰ろうか。身体が冷えちゃった」
「風邪引かないでくださいよ」
「君もね」
自分の雪を払った清水センセが僕に手を差し出す。掴まって起き上がれと促しているのだろう。その手を取って、引っ張られるままに起き上がる。僕の頭の雪を清水センセが払っている。
「帰りましょうか」
「うん。楽しかった!」
「僕もです」
「それは良かった」
そう言って初めて、楽しいと思っていたことに気がついた。そうだな、解剖してるときの次くらいに。