僕を止めてください 【小説】
「身の丈に合わないって、こういうことなんでしょうかね」
「いいじゃん、気にしないで着いてきてよ、地元民。チェックインしたら、ラウンジで昼ゴハン食べよう。あぁ〜もう楽しいぃ!」

 テンション高めな寺岡さんの後から目立たないようにして、身の丈に合わない建物の中に入っていった。
 フロントでチェックインが終わるとちょうどランチの時間帯になった。二人でラウンジに向かう。寺岡さんは土日月と2泊3日のスケジュールになっている。これから月曜の午前中までおよそ48時間ほどの間に、現状を説明し、幸村さんを紹介し、もしかすると清水センセまで引き合わせ、今後の計画を練らねばならない。ランチしながらこの3日間の大まかな予定をどうするか確認する予定だった。おかげで僕は寺岡さんと久しぶりにここで2泊する。ゴージャス過ぎて眠れるか心配になる。

「ランチは軽めにしよっと。季節のパスタ? 冬だからヤリイカと白ネギかぁ。美味しそー」
「僕はサンドイッチで」
「飲み物は? 私はホット」
「では僕もそれで」
「まだ猫舌?」
「変わりませんよ」
「味も?」
「ええ。もちろん匂いも」
「変わんないなぁ、安定の裕だね」
「生まれつきですから」

 注文の料理が運ばれてくる間も、来てからも、食後のコーヒーの時間も、寺岡さんの話が途切れることはなかった。

「……それでさぁ、小島パパはとうとう部長だよ! 出世したよねぇ、死ななくてほんと良かったって」
「もうそういう兆候は全然ないんですか?」

 僕は長年気にしていたことを聞くタイミングをもらった。

「無いなぁ。あの病気には完治という言葉はないけど、寛解はした。でも最近はウツってウイルス性だっていう研究結果が出てるんだよねぇ。だから免疫が強くなれば治るんだよ!」
「え? そうなんですか?」
「だってさぁ、そうじゃん? あのバカは自衛隊でひどい嫌がらせされてストレスで辞めて、アル中になってったわけじゃない」
「まぁ、おっしゃるとおりですが」
「その前にはもっと最低な記憶、父親が不倫して家から出ていった。つまり父親から捨てられた」
「ああ、そうでしたね。小島さんはその時から鬱がうっすら始まっていた、みたいなことを言ってました」
「んで、自分は高校生でゲイだって気づいちゃうし、離婚して母子家庭になったのに養育費をクソ親父が入れてくれないから母親が仕事掛け持ちして家にほとんど居なかったって。ロクな飯食ってなかったらしいじゃない」
「それは知りませんでした。カップ麺とかですか?」
「それに近いかもね。夜でも白米はほとんどなくてパンが1斤置いてあって、腹が減ったらジャム塗って食べろ、とか、あとは袋ラーメンとか。野菜もタンパク質も高校の学食頼りだったらしいし。軽い栄養失調だよね」

 父親のトラウマ、突然自分がゲイだと認識したアイデンティティの崩壊、そして栄養失調。免疫が下がるのも無理はない。
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