キスから始まる方程式
こうして私と翔は、幼い日に結婚の約束をしたんだっけ……。
今となってはもう、遠い日の淡い思い出だけれど……。
途中茶々を入れるわけでもなく、目を細めながら真剣に私の話に耳を傾けている桐生君。
何事かを思案するようにじっと指輪を見つめていたかと思うと、やがてそれを丁寧に袋へとしまい私の手の中に押し込めてきた。
「まっ、せいぜい大事にするんだな」
「えっ? う、うん……」
何にも言わないの……?
てっきりバカにされるとばかり思っていた私は、桐生君の静かさに拍子抜けしてしまいすっかり毒気を抜かれてしまった。
昨日の階段の踊り場でもそうだったが、桐生君は時折妙に『人を好きになる気持ち』に対して真摯的な一面を見せることがある。
それがなぜなのかは、桐生君のことをまだあまりよく知らない私には皆目見当もつかないけれど……。
とりあえず無事に戻って来た指輪を、桐生君の気が変わらないうちにいそいそと鞄へしまった。
そのとき……
「冬真ーっ、おはよ!」
「あ……、よお」
遠くから、見覚えのある数名の女子生徒達が手を振りながら桐生君の元へ駆け寄ってきた。