Pair key 〜繋がった2つの愛〜
休日出勤
頭のスミでは分かってたんだよな。携帯のアラームが長いこと鳴って止まり、10分経ってまた鳴る……をひたすら繰り返していたこと。だけど俺は日頃の疲れか昨日遅くまで飲み過ぎたせいか、分からないけど、なかなか起き上がれなかった。
最後の最後に一際大きくジリリと鳴り響いた電子音を聞いて、慌てて俺は跳ね起きた。
「ち、遅刻!?」
(……って大丈夫、休みだからフリーだった…あぶねー)
無駄に緊張した胸を撫で下ろし、のんびり支度をして家を出た。遅い昼飯にちょうどいい13時には着きそうだ。
いつもよりはずっと空いてる電車の中、小さな子供連れの親子を見かける。どこかに遊びに出掛けるのだろう、楽しそうに外を眺めながら話している。
(あー、、なごむわ~・・・)
駅前のコンビニで昼飯を買ってから会社に向かう。
エレベーターで8階に上がって、フロアの入口のロックを解除して入室する。
俺より先に着いてるヤツらは自分と同じ年代か、それ以下の若者ばかり。広々としたオープンオフィスが賑やかな宴会に見えなくもない……
「あ!中村さん、おはようございます」
「うっす、おはよー」
「デスクに総務からの伝言メモ貼っときましたー。なんか連絡事項があるみたいッス」
「おお、サンキューな」
それぞれ適当に仕事をこなしつつ気楽にだべっている。それが許されるのは今日が平日とは言え休日出勤にあたるからであり、お固い上司が一人もいないからだ。
この臨時休業期間は上役たちのために用意されたようなものだった。日頃から有給を消化したくともできない係長クラスの同僚など管理職の上司たちがこぞって休んでいる。大きな事業が一段落したせいだ。
そんな中だけど若者たちはこうして駆り出されている。こんな時だからこそ働けと言わんばかりの出勤命令だったが、掲げられた期日は名目であり、実際には急ぐ必要も悩む必要もない案件ばかり……事後処理の残りと日頃手が回らない雑務や掃除がメインだった。
そういうわけで、休日出勤ではあったが不満の声は聞こえない。鬼のいない気楽な出勤で逆にありがたがられるくらいだ。時間外手当ても付くし、給与の少ない中途の新参者やぺーぺーはこぞって食い尽く。
それなりに長く勤める俺も休みを認められたけど、暇なんで出ますと言い切った……たまには若い奴らとジックリ話すのも楽しいだろう。
そこらの会話に混ざるべく聞き耳を立てながらデスク周りを片付ける。
先ほどから話題にあがっている人物は、言わずと知れた鬼上司の松元さんのようだっだ。若くして重役にありつく凄い人だが、厳し過ぎると不評のようだ……
態度がデカい。言ってることは正しいがいちいち嫌みくさいだとか、目つきが悪いとか、きっと彼女はいないだろうとか、一生結婚できないような仕事人間だとか、散々な言われようである。
まぁ確かに彼は厳しい。が、憎まれ役を買ってまで会社に尽くすような人だと、本当は他人に気を回しすぎるくらいの優しさを持った人なんだと……言ったところでコイツらには信じてはもらえないだろうな。
ぼんやりとそんなことを思っていたら、机上の携帯がバイブする。液晶にはあの人からの電話を示す、非通知の文字——なんでか知らないけど私用で掛けてくる時は必ず非通知——だった。
俺は慌てて手に取り席を立った。誰もいない喫煙室に入ってすぐに出る……まさか、聞こえてたとか?だとしたら地獄耳すぎるだろう。あの人なら念力とかも有り得そうでリアルに恐い。
出るといきなり用件を突きつけられた。
どうせ暇だろうからデスクにしまってある物を大至急、明日の朝一で持ってこいと言う。場所は電車で2時間のギリギリ近郊と呼べるような場所……っていうか、なんでいきなり?
出勤扱いにしてくれるというのでもしかしたら仕事で使う重要な書類なのかもしれない。気を引き締めて、繰り返し確認をとった。
電話の向こうでざわざわと風の音がして、鳥の声が聞こえた……
たまの休日にも仕事をしているのだろうと思いつつ、意外な届け先が気になった。
――・・・もしかして?
実はかなり年下の可愛らしい恋人がいると、他の奴らが知ったら驚愕するに違いない。俺は何度か仕事でも顔を合わせているが、その時の第一印象は「スマートな美人」だった……今はだいぶ印象が違うけど、羨ましいことには変わりない。
松元さんよりは年が近いせいか彼女と俺は何度か一緒に仕事をしただけでかなり打ち解けた。そんな彼女から、実は松元さんと付き合ってるんだと聞かされた時には目が飛び出るほど驚いた。
だって一回り以上の年齢差なんて一般的に有り得ないというか……そもそも相手が松元さんってことを踏まえればそんな考えは1ミクロンだって浮かばないだろう。普通は。
彼女は俺が松元さんと割と懇意にしていることを知って打ち明けてくれて……それでますます親しくなった俺たちは、時々食事をしたりして、松元さんの話題で盛り上がった。
正直言って、最初は俺的にかなりストライクゾーンな女の子と、その子の彼氏の話で盛り上がるのは微妙だったけど、すぐに慣れて応援モードに落ち着いた。二人がぎくしゃくした時にはフォローしたし、上手くいってる時にはお互いの話や仕事の話をしたりもした。
プライベートな彼女は年相応の可愛らしい人だったわけで。そんな彼女と二人きりでいると、傍目にはカップルにしか見えないのが満更でもなかった。
彼女イナイ歴3年になる俺だ……それくらいのささやかな楽しみを味わっても良いだろうと思えるほど、俺は二人に協力的だった。
今日は彼女の職場は通常営業中のはず。だけど松元さんに合わせて休みを取っているかもしれない……
何しろ松元さんに週休2日の文字は無く、いつも土日のどちらか一方、もしくは両方の半日が仕事で潰れる……だからこんな連休は奇跡に近い。
責任のあるポストは大変だ。彼とは5つしか離れてない俺だけど、未だに平社員。主任とか、管理職は柄じゃないんだよな。休日には趣味の映画を満喫して、ダチと飲んだり遊んだり、たまに合コンに参加して年下の女の子と話したり……気ままな今の一人暮らしが気に入ってる。出世とか、昇級とか昇格とか、そういうのは彼女ができてから考えるよ。結婚とかって話になれば、俺だって男らしく頑張るさ……
(そういえば・・・)
彼女にもそんなことを聞かれたことがあった。中村さんは結婚とかって興味ないんですか?って。彼女も作らずにぶらぶらしてるから、そんな風に見えたのかもしれない。
別に結婚したくないわけじゃない。結婚したいと思うほど好きになった女の子が、今まで一度もいないだけで……チャンスがあればしたいと思う。そんな子と知り合いたいとは思う……思うけど、積極的に探してはいない。そういえば最近は合コンにも行かなくなったな……何でだ?
――電話の向こうには彼女もいるのだろうか?
気になって聞いてみたら、一瞬だけ言葉に詰まったあとに切り捨てられた。電源と共に……
切断された通話記録の画面を見ながら、ああきっと一緒に休みを満喫してるんだろうなと思った。羨ましい限りだ。あんな可愛い彼女と、あんなに年が離れてるのに、なんだかんだで2年以上続いてるんじゃないか?
友人カップルの交際歴まで把握してる俺って、なんかスゲェよなぁと思いつつ、俺と話してる時も7つの年の差を全く感じさせない彼女だったから、松元さんとも相性が良いんだろうなと思ったりした。
パチンと携帯を閉じて、松元さんのデスクに向かう。内々に教えられている暗証番号にダイヤルを合わせて、一番下の引き出しを開けた。右奥にある白い封筒……
(あ、これか……?)
取り出して触れていると、中に小さくて角があるような……固い何かが入っているのが判る。書類じゃないのか?と思って何気なく中身を覗いて絶句した。
「ま、まじかよ……ってかコレを俺に届けさせるって、あり得ねー・・・」
こんな物を、こんな場所にしまっているなんて……松元さんも松元さんだ。自宅か、鞄にしまっておけよと言ってやりたい気分だった。会社に置きっぱなしにしとくもんじゃないだろう普通……こういうのは。
他人事なのに、妙に緊張してきた俺は、同僚に気付かれないようにこっそりとブツを鞄にしまった。
「やべー、紛失したら殺されるな……」
仕事以上のプレッシャーを感じつつ、明日に備えて早退した。
っていうか気になって仕事にならないし……なんなら今からでも届けに行くか?
そう思って、チラリと時計を眺めた――
最後の最後に一際大きくジリリと鳴り響いた電子音を聞いて、慌てて俺は跳ね起きた。
「ち、遅刻!?」
(……って大丈夫、休みだからフリーだった…あぶねー)
無駄に緊張した胸を撫で下ろし、のんびり支度をして家を出た。遅い昼飯にちょうどいい13時には着きそうだ。
いつもよりはずっと空いてる電車の中、小さな子供連れの親子を見かける。どこかに遊びに出掛けるのだろう、楽しそうに外を眺めながら話している。
(あー、、なごむわ~・・・)
駅前のコンビニで昼飯を買ってから会社に向かう。
エレベーターで8階に上がって、フロアの入口のロックを解除して入室する。
俺より先に着いてるヤツらは自分と同じ年代か、それ以下の若者ばかり。広々としたオープンオフィスが賑やかな宴会に見えなくもない……
「あ!中村さん、おはようございます」
「うっす、おはよー」
「デスクに総務からの伝言メモ貼っときましたー。なんか連絡事項があるみたいッス」
「おお、サンキューな」
それぞれ適当に仕事をこなしつつ気楽にだべっている。それが許されるのは今日が平日とは言え休日出勤にあたるからであり、お固い上司が一人もいないからだ。
この臨時休業期間は上役たちのために用意されたようなものだった。日頃から有給を消化したくともできない係長クラスの同僚など管理職の上司たちがこぞって休んでいる。大きな事業が一段落したせいだ。
そんな中だけど若者たちはこうして駆り出されている。こんな時だからこそ働けと言わんばかりの出勤命令だったが、掲げられた期日は名目であり、実際には急ぐ必要も悩む必要もない案件ばかり……事後処理の残りと日頃手が回らない雑務や掃除がメインだった。
そういうわけで、休日出勤ではあったが不満の声は聞こえない。鬼のいない気楽な出勤で逆にありがたがられるくらいだ。時間外手当ても付くし、給与の少ない中途の新参者やぺーぺーはこぞって食い尽く。
それなりに長く勤める俺も休みを認められたけど、暇なんで出ますと言い切った……たまには若い奴らとジックリ話すのも楽しいだろう。
そこらの会話に混ざるべく聞き耳を立てながらデスク周りを片付ける。
先ほどから話題にあがっている人物は、言わずと知れた鬼上司の松元さんのようだっだ。若くして重役にありつく凄い人だが、厳し過ぎると不評のようだ……
態度がデカい。言ってることは正しいがいちいち嫌みくさいだとか、目つきが悪いとか、きっと彼女はいないだろうとか、一生結婚できないような仕事人間だとか、散々な言われようである。
まぁ確かに彼は厳しい。が、憎まれ役を買ってまで会社に尽くすような人だと、本当は他人に気を回しすぎるくらいの優しさを持った人なんだと……言ったところでコイツらには信じてはもらえないだろうな。
ぼんやりとそんなことを思っていたら、机上の携帯がバイブする。液晶にはあの人からの電話を示す、非通知の文字——なんでか知らないけど私用で掛けてくる時は必ず非通知——だった。
俺は慌てて手に取り席を立った。誰もいない喫煙室に入ってすぐに出る……まさか、聞こえてたとか?だとしたら地獄耳すぎるだろう。あの人なら念力とかも有り得そうでリアルに恐い。
出るといきなり用件を突きつけられた。
どうせ暇だろうからデスクにしまってある物を大至急、明日の朝一で持ってこいと言う。場所は電車で2時間のギリギリ近郊と呼べるような場所……っていうか、なんでいきなり?
出勤扱いにしてくれるというのでもしかしたら仕事で使う重要な書類なのかもしれない。気を引き締めて、繰り返し確認をとった。
電話の向こうでざわざわと風の音がして、鳥の声が聞こえた……
たまの休日にも仕事をしているのだろうと思いつつ、意外な届け先が気になった。
――・・・もしかして?
実はかなり年下の可愛らしい恋人がいると、他の奴らが知ったら驚愕するに違いない。俺は何度か仕事でも顔を合わせているが、その時の第一印象は「スマートな美人」だった……今はだいぶ印象が違うけど、羨ましいことには変わりない。
松元さんよりは年が近いせいか彼女と俺は何度か一緒に仕事をしただけでかなり打ち解けた。そんな彼女から、実は松元さんと付き合ってるんだと聞かされた時には目が飛び出るほど驚いた。
だって一回り以上の年齢差なんて一般的に有り得ないというか……そもそも相手が松元さんってことを踏まえればそんな考えは1ミクロンだって浮かばないだろう。普通は。
彼女は俺が松元さんと割と懇意にしていることを知って打ち明けてくれて……それでますます親しくなった俺たちは、時々食事をしたりして、松元さんの話題で盛り上がった。
正直言って、最初は俺的にかなりストライクゾーンな女の子と、その子の彼氏の話で盛り上がるのは微妙だったけど、すぐに慣れて応援モードに落ち着いた。二人がぎくしゃくした時にはフォローしたし、上手くいってる時にはお互いの話や仕事の話をしたりもした。
プライベートな彼女は年相応の可愛らしい人だったわけで。そんな彼女と二人きりでいると、傍目にはカップルにしか見えないのが満更でもなかった。
彼女イナイ歴3年になる俺だ……それくらいのささやかな楽しみを味わっても良いだろうと思えるほど、俺は二人に協力的だった。
今日は彼女の職場は通常営業中のはず。だけど松元さんに合わせて休みを取っているかもしれない……
何しろ松元さんに週休2日の文字は無く、いつも土日のどちらか一方、もしくは両方の半日が仕事で潰れる……だからこんな連休は奇跡に近い。
責任のあるポストは大変だ。彼とは5つしか離れてない俺だけど、未だに平社員。主任とか、管理職は柄じゃないんだよな。休日には趣味の映画を満喫して、ダチと飲んだり遊んだり、たまに合コンに参加して年下の女の子と話したり……気ままな今の一人暮らしが気に入ってる。出世とか、昇級とか昇格とか、そういうのは彼女ができてから考えるよ。結婚とかって話になれば、俺だって男らしく頑張るさ……
(そういえば・・・)
彼女にもそんなことを聞かれたことがあった。中村さんは結婚とかって興味ないんですか?って。彼女も作らずにぶらぶらしてるから、そんな風に見えたのかもしれない。
別に結婚したくないわけじゃない。結婚したいと思うほど好きになった女の子が、今まで一度もいないだけで……チャンスがあればしたいと思う。そんな子と知り合いたいとは思う……思うけど、積極的に探してはいない。そういえば最近は合コンにも行かなくなったな……何でだ?
――電話の向こうには彼女もいるのだろうか?
気になって聞いてみたら、一瞬だけ言葉に詰まったあとに切り捨てられた。電源と共に……
切断された通話記録の画面を見ながら、ああきっと一緒に休みを満喫してるんだろうなと思った。羨ましい限りだ。あんな可愛い彼女と、あんなに年が離れてるのに、なんだかんだで2年以上続いてるんじゃないか?
友人カップルの交際歴まで把握してる俺って、なんかスゲェよなぁと思いつつ、俺と話してる時も7つの年の差を全く感じさせない彼女だったから、松元さんとも相性が良いんだろうなと思ったりした。
パチンと携帯を閉じて、松元さんのデスクに向かう。内々に教えられている暗証番号にダイヤルを合わせて、一番下の引き出しを開けた。右奥にある白い封筒……
(あ、これか……?)
取り出して触れていると、中に小さくて角があるような……固い何かが入っているのが判る。書類じゃないのか?と思って何気なく中身を覗いて絶句した。
「ま、まじかよ……ってかコレを俺に届けさせるって、あり得ねー・・・」
こんな物を、こんな場所にしまっているなんて……松元さんも松元さんだ。自宅か、鞄にしまっておけよと言ってやりたい気分だった。会社に置きっぱなしにしとくもんじゃないだろう普通……こういうのは。
他人事なのに、妙に緊張してきた俺は、同僚に気付かれないようにこっそりとブツを鞄にしまった。
「やべー、紛失したら殺されるな……」
仕事以上のプレッシャーを感じつつ、明日に備えて早退した。
っていうか気になって仕事にならないし……なんなら今からでも届けに行くか?
そう思って、チラリと時計を眺めた――