Pair key 〜繋がった2つの愛〜
Ambush
とあるビルのエントランス付近、受付とロビーを見渡せるような位置関係、大きな柱に寄りかかって、ボンヤリと空を仰いでいる娘が一人。
場違いにラフな格好というのもあり、目鼻立ちが整っているということもあり、通り掛かる人々の間でひそひそと「誰?」と囁かれていた。
チーン――
エレベーターの到着音にはっとなるその娘。
昼休みに入り大勢の社員達が降りてくる。娘はざわざわと通り過ぎてゆく一行に瞳を走らせ、残念そうに溜め息をつく。どうやら誰かと待ち合わせ、あるいは待ち伏せをしているらしい。
(誰、あの子?)
(うちの子じゃないよな?)
(だろうな。それにまだ子供じゃん・・・あんな子、いたら噂になるだろ)
(やべー超かわいい・・・!)
(誰?だれ待ってんだろう?)
(親じゃない?忘れ物届けに来たとか・・・)
(ウッソだー・・・あの化粧は彼氏待ちだって!絶対!)
(えー・・・彼女を職場に呼びつけるなんて有り得ないよー)
(公私混同・・・いくら昼休みだからって、社内はマズいでしょ。外で会えっての!)
(自慢したいんじゃない?わりと美人だし・・・)
(ああいうのに限って性格悪いのよ!相手の男もダメ男に決まってるって・・・!)
(いいよなぁ・・・)
様々な思惑を含んだ視線を浴びながら、本人は全く気付くことなく携帯を開いて確かめる。メールや着信のないことを確認し、再びエレベーターホールに視線向ける。
チーン――
二回目の箱が降り立つ。開かれた二つの扉からぞろぞろと人がでる……先ほどよりは少ない。
またも視線をさまよわせ、好機の目に晒されている娘に声をかける者がいた――
「あれ?愛子ちゃん!?どうしたの~?」
「あ、中村さん!こんにちは、お久しぶりですー」
ツンとした無表情が嘘のように、人懐っこい笑顔を浮かべる娘――愛子に駆け寄ったのは中村と呼ばれる男だった。
二十代後半か三十くらいの男が嬉しそうに語りかけている。その様子を面白くなさそうに見ている男が半分、羨望の眼差しを向けている男が半分、女性陣に至っては「大したことないわね」といった表情で、あからさまに鼻で笑う者もいた。
「そっかぁ、そっちは創立記念で休みなのかぁ・・・いいなぁ。それでランチしに来たんだ?」
「ええ、そうなんです。忙しいのは分かってるんですけど・・・せめて食事くらいはしっかり取って欲しいじゃないですか。私が誘えば一緒になってゴハンちゃんと食べてくれるかなぁって思って、無理やり約束しちゃいました」
えへっと笑う愛子はまるで十代の娘のように愛らしい。そんな姿を良くとる者もあれば悪くとる者も少なくない……食い入るように見つめる者の中には、明らかに敵意を混ぜている者があった。
(どうせ芝居でしょ)
(男に媚びるなんて嫌な感じ)
(だから美人は嫌いなのよね)
通り過ぎて行く者の多い中で、好奇心の強い者がぽつぽつとロビーに集い始めていた。そこにいる誰もがさり気なく視線を注ぎ、背中越しに耳を傾け、中村と愛子の会話を傍聴していた。
一体どんな奴を待っているのか、どんな男がこんな子と交際できるのか……見極めたい思いとできれば繋がりを持ちたい下心で、行く末を見守っていた。貴重な昼休みを削ってまで――
「優しいなぁ~愛子ちゃんは。ほんと俺の嫁にしたいよ!」
「またぁ~、中村さんはすぐそういう冗談言うんだから。そんなことばっかり言ってたら、いつか誰かが本気にしちゃいますよ?気を付けないと!」
「いやマジでそう思ってるから!愛子ちゃん、今の彼氏と破局したら俺と付き合わない?」
「ふふふっ、そうですねー。万が一そうなったら、その時また考えてみます…ね?」
「・・・その言葉、忘れないでよー?」
“あの人きっともうすぐ降りて来ると思うよ"そう言い残して手を振って立ち去った中村という男。
ロビーにいた誰もが憐れみの視線を投げかけていた。
(うわぁ・・・同情!)
(鈍いな、あの子・・・)
(中村さん可哀想……頑張って!)
(やべえ…ちょっ、泣けてきた)
中村を知る者も、知らない者も、人知れず内心で合掌している中で、相も変わらずエレベーターホールを眺めている愛子。そこへ三度目の箱が降り立った。
――チーン……
珍しくザワザワしたしゃべり声の無い、物静かな集団だった。その原因は一つ……堅物で有名な管理職の一人が乗っていたからだった。
彼の周囲半径50cmに近付く者は皆無。逃げるように先に降り立った人々は足早に歩く。珍しい来訪者の存在に気付いても、一言も話さずに次々とエントランスを通り抜けて行った。
コツコツと足音を立ててゆっくりと彼は進む。そして一瞬だけ足を止め、前方の若い娘を怪訝そうに見やると……真っ直ぐに娘の前へと進んで行った。
(ヤバッ・・・大久保さんだ!)
(逃げろ、娘さん!その人は危険なお方・・・!)
(あらら、もしかして不審者として叱責?)
(助けてあげたいけど・・・無理だ!あの人だけは・・・)
「ここで何をしている」
「何って、待ち合わせですけど・・・」
「なぜ此処にいるのかと聞いている」
「なぜって、ココが一番早く確実に会えると思ったからです。わたし、お店までの道とか…この辺の地理に疎いので・・・迷惑でしたか?」
「・・・実に迷惑だ。不愉快でもある。早く外に出ろ」
そう言って立ち去ろうとする大久保。
ロビーにいる誰もが、あの大久保さんの尋問に果敢に立ち向かう愛子という娘に驚きつつ、同情と尊敬がない交ぜになった溜め息をこぼし、その後の動向を見守っていた。
すると愛子は何故かとても嬉しそうに笑ったのち、手にぶら下げていたバッグを肩にかけ、足取り軽やかに小走りで大久保の後を追う。エントランスをくぐった先で隣に立ち並び、ふんっと不機嫌そうに顎で行く先を指し示す大久保と、共に歩いて行き……角を曲がって消えたのだった。
(えええーー!?)
(あの大久保さんが!あの子の彼氏!?)
(う、うそぉ・・・信じらんない・・・)
(あり得ねー・・・ってか犯罪だろう!)
驚愕のあまりに身動き出来ない者もあるほどに、予想外の展開に皆が唖然とし、固唾を飲んでいた。
その後、表立っては囁かれないものの、水面下ではジワジワと急速に……その噂は社内全域に広まっていったのだった――
――大久保さんってロリコンらしいよ!
――未成年の彼女がいるんだってー!
――私、尊敬してたのにぃ…幻滅だよぉ~
――かなり美人だったらしい…しかもまだ十代とか!
――マジかよ、羨ましすぎる!
――俺、改めて尊敬したよ…どうやって落としたんだろうな~
――謎だ・・・何かの間違いじゃないのか!?