Crescent Moon



朝の教室前の廊下は、たくさんの生徒達の話し声で満ちていた。

ザワザワと、誰の声かも分からない声が、そう広くはない廊下を満たしていく。


楽しげに、昨日のことを話す生徒。

今日の授業の準備をしている生徒。

早くも、放課後の予定を気にし始める生徒。



同じ制服を着ていても、中身は全員違う人間。

1人1人、ちゃんと個性がある。


それぞれの時間を過ごす生徒の隙間を縫う様にして、私は颯爽と廊下を歩いていく。



手には、黒い表紙の出席簿を持って。

後ろには、大嫌いなあの男を従えて。


ああ、1人でここを歩いていたならば、ここまで気分が落ちることもなかっただろう。



清々しい朝。

1日の始まりに気分が乗らないのは、間違いなく後ろを歩くアイツのせい。


何も、廊下で今日初めて顔を合わせたのではない。

会いたくなんてなかったけれど、この男と顔を合わせたのは、お決まりのあの秘密の場所でだった。





「やっぱり来たんだな。」

「………あ、あんたは………」

「おはようございまーす。………それ、あんたの朝の日課なの?」


忘れていた。


屋上は、私1人だけの場所ではなくなってしまったことを。

あの男がいる可能性があるということを、うっかり失念していたのだ。


私ってヤツは。



屋上に足を向けてしまったのは、長年の習慣みたいなものだった。

職員室に行く前に、例の如く、一服をしていこうと思ったのだ。


この学校で、1番高い場所。

誰もいない、秘密の喫煙所。


私にとってのオアシスにいたのは、冴島だった。



「………、あなたには関係ないでしょ!」


私には、息抜きの時間なのだ。

授業が始まる前の、職員会議が始まる前の、ちょっとしたくつろぎの場所なのだ。


校内が禁煙なんかじゃなかったら、堂々とこの男を追い出してやるのに。

負い目があるせいか、強く冴島に当たることが出来ないのが悔しい。




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