線香花火
「あれ、澪波ちゃん?」
「え?」
「澪波ちゃんだー!」

 キャリーケースを引く澪波の元に走って向かってくるのは、…女子高生、と男子高生。女子高生の方には見覚えがある。

「…えっと…由起子(ユキコ)ちゃん?」
「うん!澪波ちゃん、すごくすごく久しぶりだね!」
「そうね…。由起子ちゃん、高校生?」
「今高校1年生。」
「そっかぁ…。私が覚えてる由起子ちゃんは小学校入りたて…かな。」
「おい、ゆっこ!いきなり走るんじゃねーよ!」
「大ちゃんはうるさいっ!澪波ちゃんとせっかく仲良く話してたのにー!」
「お前の方がうるせーよ!つーか行くぞ。お前、今日は急いで帰るって言ってただろ?」
「あ、そうだった!ごめんね、澪波ちゃん。また今度ゆっくりお話ししよ?」
「…そうね。じゃあ、由起子ちゃん、またね。」
「うん。」

「澪波ちゃん、またきれいになったね!」
「またって言われても俺、しらねーし。ま、でもいつまでーもイモくせえゆっこと違ってキレーな人だったけど。」
「なんだとー!?じゃあ大ちゃんだってイモじゃん!」
「うるせーバーカ!」

 遠ざかっていく声に目を閉じると、それこそ鼻の奥が詰まる気がした。ああもわかりやすい恋が転がっていたあの頃が懐かしい。あの頃は〝好き〟という想いがあれば、何でもできるような気になった。〝好き〟という想いは疑いようのないくらいに本物で、強くて、透明だった。

「…可愛いなぁ。」

 男の子の〝好き〟が透けて見える。彼女の方だって、それを知ってか知らずか、満面の笑みで当たり前みたいに傍にいる。それがどれほど貴重で、大切なものかなんて理屈ではきっとわかっていない。でもそれでいい。理屈なんて本当は恋に必要ないのだから。

「由起子ちゃんも可愛いし、あの子も…可愛い。」

 純粋に、可愛い恋とすれ違った気がした。今更手に入れたくなってももう届かないもの。それでも羨ましいと思わずにはいられないのだから、子どものまま、時が止まっているのかもしれない。

「…大人になりきれなかったなぁ。」

 自分がもっと大人だったら、もっと早くに気付いただろうか。
 自分が今よりも子どもじゃなかったら、感情を押し殺さずにいられただろうか。

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