線香花火
「あ、でもごめん…ご飯ないよ。さっきまで仕事だったし、自分の分しか買ってないし。っていうか聡太、いつ帰るの?」
「なに?もう帰ってほしいの?」
「っ、そうじゃなくて!突然帰るって言われる前に心の準備をしておこうって思ったの!」
「…澪波、明日土曜日だから仕事休みだろ?」
「そうだけど…。」
「俺も休みにしたから、今晩と明日いっぱいはこっちにいるよ。泊めてもらうつもりできたけど、いい?」
「…帰れって言えないよ。」
「うん。確信犯。」
「タチが悪い。」
「せっかく東京まで来たんだからゆっくりしようと思って。午前中は家探してたんだよ。」
「家?」

 明日までいてくれるという安堵感を感じつつ、トントン進んでいく話に少しついていけないでいる。

「来年こっちにくるから。その下見。」
「職場の宿舎にするんじゃないの?」
「んーまぁそれが一番安いけど、色々考えてる。」
「…そっか。」

 肝心なことはこうやって濁すのは珍しくない。ただ、澪波が勝手に不安になるだけだ。

「みーおーはーちゃん?どうした?」
「えっ?あ、何でもないよ。」
「ふぅん。あ、じゃあさ、とりあえず食べ物買いに行こう。んで最後に澪波の好きなケーキ買って帰ろう。」
「今から?」
「うん。全部俺の奢り!」
「…よし、いっぱい買おう!」
「目の色変わったよね、澪波…。」

 結局惣菜を買い足して(イカのマリネが食べたかった)、ケーキを二つ選んだ。澪波はイチゴのショートケーキ。聡太はモンブランにした。

「ケーキなんて食べるの久しぶり!」
「俺も。滅多に食べない。」
「聡太は甘いもの平気なんだっけ?」
「あれ、ダメだったっけ?」
「いや、昔あんまりお菓子とか食べてなかったイメージが…。」
「あー…まぁ、すっげぇ甘いのをいっぱい食べるのはだめだよ。でもケーキ一個は普通に大丈夫。」
「そっかぁ。…昔のイメージばっかりじゃだめだね。」
「だめ?なんで?」
「今の聡太のこと、全然わかんないなぁって。」

 それはなんとなく感じていたことだった。聡太と再会して昔の記憶がどんどん蘇ってきて、それはそれとしてとても嬉しいことだけれど、それを思い出せば思い出すほど今を知らないことに気付く。

「それは全然だめなことじゃないだろ。」
「え?」
「それは今から知ればいいことだし、知りたいことなら何でも教えるよ?不安そうな顔してたのってこれ?」

 澪波は何も言えない。図星でもあるけれど、これだけでもないからだ。
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