線香花火
あなたの隣を歩いて
* * *

 3月の末。ようやく引越しの作業が終わった。自分の荷物はあまり多くなかったが、二人で暮らすとなると必要な物を揃えていくのに時間がかかった。

「ふーっ!つっかれたー!」
「お茶淹れたよ。」
「ありがとう。」

 マグカップを聡太に渡す。澪波も残り少ないお茶を流し込み、マグカップを流しに置いた。

「あ、飲み終わったらこっちに持って来てね。」
「うん。」

 きちんとご飯を作ると洗い物が多くなる。溜めてはいけないとわかっていても溜まるのが洗い物だ。澪波は流しに立って洗い物を始めた。

「ごちそうさま。」
「ありがとう。」

 そっと流しに置かれた聡太のマグカップ。ふと、背後から温もりが全身を包み込んだ。

「…どうしたの?」
「せっかくこっちに来て澪波といちゃいちゃできるーって思ったのに、忙しすぎてさぁ。だから充電。」
「心配して損した。」
「大人しく抱かれててね。邪魔はしないから。」

 邪魔はしないと言っただけはある。背後から回った腕は緩く、澪波の作業の効率を極端に下げるものではなかった。
 水を止め、スポンジを絞って置く。タオルで手を拭くと、澪波を抱きしめる腕の力が強くなった。

「…聡太?」
「やっと始まるって感じがする。」
「やっと?」
「うん。やっと澪波の隣を歩いていける。」
「…それは、私の方もだね。やっと聡太の隣を歩ける。」
「ずっと一緒に、隣を歩いてくれる?」
「それってプロポーズ?」
「そうだね。できれば、手を繋いで。」

 腕から身体が解放され、そっと握られた右手。隣に並ぶことを、ずっと待っていた。澪波はゆっくりと握り返す。

「…俺の隣を歩いてくれるって誓う?」
「宣誓ー!あなたの隣を歩いて生きていきます!」

*fin*
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