花の名は、ダリア
苦笑混じりにボヤきながら軽く腕を振るうと、男を拘束していた鎖が呆気なく引きちぎれる。
これはいったいどういうコトだ?
その男は、囚えられていたのではなかったのか?
自らの意思で、囚えられたフリをしていたとでもいうのか?
もしそうだとしたら、なんのために…
手枷や足枷など、全ての拘束具をいとも簡単に破壊した男は、大きく伸びをして長らく動かしていなかった身体をほぐした。
それから、肩をグルグル回しながら鉄の扉を蹴破り、驚いて駆けつけた見張りの兵士を‥‥‥
…
…
…
刹那の惨劇の後の、静寂。
足元に横たわる兵たちを、まるで敷物であるかのように無造作に踏みつけて階段を上り、男は鉄格子がついた窓に歩み寄った。
アウシュビッツに落日が訪れる。
深呼吸をして、もうそこまで迫っている夜の香りを胸一杯に吸い込んで。
恍惚とした表情で。
格子に手をかけた男が呟く。
「あぁ… 近い。
会いたいな。
でも、会えないな。
僕はまだ、彼女の望みを叶えられていないから。」
唇についた真っ赤な血を舌でペロリと舐め取った男は、格子を握る手に少しだけ力を込めた。