花の名は、ダリア

苦笑混じりにボヤきながら軽く腕を振るうと、男を拘束していた鎖が呆気なく引きちぎれる。

これはいったいどういうコトだ?

その男は、囚えられていたのではなかったのか?

自らの意思で、囚えられたフリをしていたとでもいうのか?

もしそうだとしたら、なんのために…

手枷や足枷など、全ての拘束具をいとも簡単に破壊した男は、大きく伸びをして長らく動かしていなかった身体をほぐした。

それから、肩をグルグル回しながら鉄の扉を蹴破り、驚いて駆けつけた見張りの兵士を‥‥‥







刹那の惨劇の後の、静寂。

足元に横たわる兵たちを、まるで敷物であるかのように無造作に踏みつけて階段を上り、男は鉄格子がついた窓に歩み寄った。

アウシュビッツに落日が訪れる。

深呼吸をして、もうそこまで迫っている夜の香りを胸一杯に吸い込んで。

恍惚とした表情で。

格子に手をかけた男が呟く。


「あぁ… 近い。
会いたいな。
でも、会えないな。
僕はまだ、彼女の望みを叶えられていないから。」


唇についた真っ赤な血を舌でペロリと舐め取った男は、格子を握る手に少しだけ力を込めた。

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